セネガルにおける理科教育

2016年5月27日

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「ここの名前は?」「曲細精管です。」
「ここは?」「直細精管。」
「ここは?」「精巣上体管です。」

これは、ティエス市にあるアマドゥ・ダック・セック公立高校の授業で行なわれた会話だ。この日、たまたま参加していた私は、舌を巻いた。生徒はそれぞれ、解剖図を描いたプリントをもっていて、その空欄を埋めていたのである。私も、授業直前に「今日はこれをやるから」とプリントを渡され、それとにらめっこをしていた。お世辞にもフランス語が流暢と言えない私は、板書された筆記体の専門用語をどうにか解読しながら、それを写すだけで精一杯だった。

セネガルの教育はレベルが高い。少なくとも、カリキュラムは。家に帰り、必死に写したノートを見ながら、辞書や専門書までもちだして、やっと上記の会話を理解した。私も一応、日本で生物学を学んだ身ではあったが、聞きなれない専門用語の羅列であった。日本人にとって、上記の内容は、医学系の大学生が必要に駆られて憶える程度のものだろう。それを、ここセネガルでは、公立高校の生徒たちが憶えなければいけないのである。私からすれば、「不憫」とさえ思ってしまった。

ある日、ふと、先輩隊員にもらしたことがあった。「セネガルの教育はとてもレベルが高いんですね。私もついていけないくらい…。」それを聞いた先輩は、答えてくれた。「セネガルの教育は、宙に浮いた教育だから。」確かに、学年末に行なわれた「バカロレア(高校修了資格試験)」の合格率は40%程度であり、生徒の半数以上は、高校修了の認定がされていなかったのである。これが、「宙に浮いた教育」と表現された所以であった。

このようなこともあった。授業で全く実験が行なわれていない現状を危惧した私は、ティエス市のマリック・サイ公立高校で、高校理科の教員を対象に実験の講習会を開いていた。その日は、染色体の抽出実験を披露した。最終的に、ビーカーの中に染色体が雲のように姿を現す実験であった。これを見たある教員は、雲のように浮かんでいる染色体を、「顕微鏡で観察してもいいか。」と私に尋ねてきた。もちろん拒む理由もなく、二つ返事で了承した。数分後、彼が、「DNAが見えたぞ!」と言い出した。高校にある(光学)顕微鏡では、DNAを観ることはできず、ましてやDNAにたくさんタンパク質が絡まった染色体の状態である。どうやら、プレパラートについた2本の傷をDNAと勘違いしたのであった。

彼の勘違いで浮き彫りにされた問題点は、「知識と実態が結びついていない」ということであった。彼に、「DNAは(光学)顕微鏡で観察できるか。」という問題を出したら、間違いなく「No」を選ぶ。つまり、文字で学習したことが、実態をともなっているという認識が弱かったのである。私よりもたくさん専門用語を学習している彼らに、知識と実態を関連づけてもらえるような手助けをしていければと思っている。

(執筆:平成26年度2次隊 理科教育 武藤隊員)

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代表して実験を行う生徒と先生

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代表の生徒が作ったプレパラートを全生徒で観察する様子