ワクワクしてる? 

【写真】八木 ふみ(愛媛)平成26年度4次隊/グアテマラ/作業療法士
八木 ふみ(愛媛)

みなさん、こんにちは。
私は2年間、中米グアテマラで作業療法士として活動してきました。
派遣前は、8年間作業療法士として子どものリハビリに携わってきました。
青年海外協力隊や国際協力には、漠然とした興味はありましたが、日々の仕事に精一杯の毎日を送っていました。
仕事の課題や日本の障がい児やその家族を取り巻く環境への課題も山積みの中、ふと「今なら協力隊に行けるかも」と、思いついたかのように突然、応募を決め、そのまま派遣へと至りました。

コーヒーと民族衣装ウィピルに魅せられて

市場のフルーツ

主食のトルティーヤ

グアテマラの国鳥ケツァール

中米に位置するグアテマラ。コーヒー好きの方はご存知かもしれません。スターバックスにもグアテマラ産のコーヒー豆が売られている、コーヒー豆の産地です。
グアテマラは、長い内戦の歴史を持ち、公用語であるスペイン語のほかに23語の現地語が話されるなど、多文化国家です。現地語を話す先住民が国民の約40%を占め、グアテマラの最貧困層の9割はこの先住民が占めているのが現状です。私が2年間活動をしたサンマルコス県はグアテマラの西側山岳部に位置し、標高は2600m、「マム語」を話す民族が多く暮らす街でした。そして、この先住民の方たち、それぞれの民族ごとに違った柄のウィピルと呼ばれる民族衣装を着て生活されています。このウィピルがなんとも美しい!!カラフル!!精巧な刺繍と織で手作りされています。そして、少しぽっちゃりなグアテマラ人にとっても似合う!!このウィピルはグアテマラの魅力の1つです。

たくさんの無力感、、、、それでも彼らの笑顔が見たくて

授業風景

畑作業

野菜、調理品の販売

さて、そんなグアテマラで私は、特別支援学校に作業療法士として派遣されました。 元々は、聾(ろう)学校として始まったこの支援学校、今では様々な障がいを抱えた子たちが通っています。派遣当初は、スペイン語もままならず、ましてやグアテマラの手話も初めて見るものばかりで、、、私自身が校内で最重度の障がいを抱えていたに違いありません。しかし、支援者にも恵まれ、私の生活は少しずつ改善されていきます。身をもって、障がいを持つ子への適切な支援の大切さを経験できました。
私の主な活動は、学校の授業のアイディアを出し、一緒に活動すること、そして先生達向けの研修会の実施です。授業の中では、遊びながら学んでいく大切さと、学校を出てから生きていくための技術を身に着ける大切さを伝えていけるよう活動してきました。研修会では、基礎的な支援の方法に始まり、ケースカンファレンス(サービスに携わっている人が集まり、行う事例検討会)の実施など学校の先生たち同士の連携に向けた取り組みを行いました。こうして文字にしてみると、すべてが順調で貴重な活動のように見えてしまいますが、実際は上手くいかないことの方が多かったですし、花か雑草になるかわからない種をまくような作業の連続でした。
それでも、いつも笑顔で駆け寄ってくれる生徒やそのご家族、同僚たちに支えられ、学ばせてもらえた2年間でした。
普段の活動以外に、中南米の障がい児者支援に関わるJICA海外協力隊をグアテマラに集めての「在外研修」、任地サンマルコス市で行った日本文化紹介、日本の同僚や友人から「世界の笑顔のために」プログラム(注)を通して送ってもらった支援物資の数々、、どれもたくさんのグアテマラ人、日本の友人に支えられて実現することができました。
本当に感謝しかありません、ありがとう。

宝物を胸に、一歩ずつ

ホストファミリー

グアテマラで会った子どもたち、同僚、ホームステイ先の家族、そしてボランティア仲間たちとの出逢いとご縁は一生の宝物になりました。少しずつ、日本の生活に馴染んできましたが、コーヒーを飲むときはグアテマラ産を注文し、通勤の車の中ではグアテマラ音楽を聴く、、、私の中にグアテマラが生きています。
帰国後、小さなクリニックで毎日子どもたちと関わる日々を送っています。悩みは尽きない日々ですが、宝物を胸に一歩ずつ進みたいと思います。