ことばの教育を通じてキルギスと日本の懸け橋に

【写真】西條 結人(徳島県在住)平成27年度2次隊/キルギス共和国/日本語教育
西條 結人(徳島県在住)

青年海外協力隊に応募したきっかけ

 JICAの「青年海外協力隊」を知ったのは、鳴門教育大学大学院修士課程に在学中のときでした。日本語教育専攻だった私は、博士課程に進学するか、海外で日本語教師として経験を積むか、どちらか迷っていました。ある日、大学で青年海外協力隊のチラシが目に入り、職種の1つに日本語教育があることを知り、海外で日本語教育に携わってみたいと強く思うようになりました。派遣国・配属先については、私自身が思い描いた将来像と照らし合わせて「専攻言語として日本語教育を行っている大学」「これまでに行ったことのない言語・文化圏」をキーワードに検索をし、キルギスのビシケク人文大学を希望しました。
 今、改めて振り返ってみると、鳴門教育大学にアフガニスタンやフランス語圏アフリカ、大洋州からJICAの短期研修員が年に数回来ていたことや、大学院の後輩に元青年海外協力隊員がいたことも、自身の背中を押すきっかけになっていたかもしれません。

キルギスでの活動

同僚教員と作成したロシア語・キルギス語教材

2017年日本語弁論大会

日本語日本文学科の先生方と

ビシケク人文大学名誉准教授授与式

 キルギスでの活動は、最初は苦難の連続でした。着任時期がキルギスの大学では新年度が始まってすぐの学期途中(2015年11月)でしたので、当初は授業担当もない、何をしたら良いかを探して回る日々が3か月続きました。そんな中、「これだけはやろう!」と心がけていたのは、「同僚の先生や学生と何気ない話を話す」「ビシケク市内を歩く(実際に自分の目で見る)」「キルギスで出版されている本を読む」の3つでした。その甲斐もあり、キルギスの歴史や文化、エンターテインメント情報も学べましたし、所属学科以外の先生からも「西條さん」「サイジョー」「先生」と声をかけてもらえるようになりました。2016年1月からは大学で担当する授業も決まり、日本語教師会の活動も本格的になり、同僚の先生と一緒に何かを企画、運営することが多くなりました。例えば、教材の開発、日本語弁論大会や日本語教育セミナーの実施、日本の大学の日本語教育実習の受け入れです。どの仕事も、周りの人の協力が無ければ成し遂げられなかったことですし、「ああでもない。こうでもない。こういうのはどうかな。」と言いながら、同僚の先生たちと夜遅くまで考えていました。教材開発のように成果が実を結んで形になった時は、やっと終わったという達成感と成果物を眺めて、開発チームの先生やゼミ学生と一緒に「じーん」と感動した思い出もあります。
 JICAボランティアとしてのキルギス滞在最後の日には「これで2年間のキルギス生活も終わりか」としゅんとした気持ちでいましたが、ビシケク人文大学から名誉准教授号を賜り、キルギスと日本の交流発展のために一層頑張らなければいけないと気合が入るとともに、日本帰国後もキルギスでの居場所を作ってくれた配属先の温かさに感謝の思いでいっぱいになりました。

現在、そして未来に向けて

ビシケク人文大学教員との共同研究(2018年8月)

 2018年4月から徳島県の四国大学全学共通教育センターで留学生教育担当の教員として勤務しています。四国大学には、アジアや欧米地域からの留学生が多く在籍しており、徳島にいながら、グローバルな感覚を肌で感じることができます。留学生の専攻は日本文学、経営情報学、介護福祉、ビジネスコミュニケーション等と多岐に及んでいます。学生のニーズや専門に合わせた日本語教育の実践が必要となってきますし、各専門分野でどのような教育が行われているのかを把握しておくことが重要です。そのため、私自身の専門とする分野だけではなく、広い視野を持って仕事をすることを意識しています。それは、キルギスでのたくさんの人との出会いや活動を通じて、幅広い多様なことを経験できたことが大きく影響していますし、教育研究者としての土台にもなっていると感じています。
 青年海外協力隊の一員としての活動は終わりましたが、2018年8月にはビシケク人文大学の先生の紹介もあり、キルギス国立科学アカデミー歴史・文化遺産学研究所の短期研究員として研究活動を行うことができました。まだまだ私自身も学ぶ身ではありますが、日本語教育を通じて日本とキルギスをもっと身近で近い国にできればと思っています。