58回の住民とのごみ拾いが教えてくれたこと

【写真】遠枝 澄人(高知県在住)平成28年度1次隊/グアテマラ/環境教育
遠枝 澄人(高知県在住)

喪失感

青年海外協力隊としての2年間の異国での生活に当然終わりは訪れ、その終わりから8ヶ月が経った。ひとまず母国日本に拠点を置くと決めた決意が揺らぐことはなくとも、標高2,021mの山奥、サンタクルスデルキチェで暮らす人々とのシーンが頭をめぐらない日はない。自分は、グアテマラが大好きになって帰ってきた。

もう一度

協力隊として派遣される国に強いこだわりはなかった。学生時代、半年間暮らしたキューバでの生活がただただ忘れられなかった。もう一度ラテンアメリカに住む方法はたくさんあったが、大好きな海と動物への思いが、“ごみ”と自分をつなげてくれた。

求められていない

価値観や許容範囲が違う人々と、生活して仕事をすることはどこにいても変わらない。ただ、海外にいると、“違うこと”を当たり前と捉えることができるから、どんな理不尽なことも気楽だった。職場の同僚にもそれぞれ事情と都合がある。1年間様子を見て、自分で動くと決めた。

嫉妬

その時点で活動の明確な方向性はなく、他人におおまかに説明する以上に具体的なものはたてなかった。どのプロジェクトも、人の関係や状況がそろったときに思いついて始めた。ただし、「サンタクルスデルキチェ市役所環境課」という自分の配属先を越えて活動するには、ある程度気を使う必要はあった。先進国から来た若者が、市内や、ときに市外の小中高、大学、病院、環境省、民間企業等と活動することをよく思わなかった配属先の職員もいたかもしれない。

ときに摩擦はあったものの、一度歩き始めれば、“ごみ”をテーマに、あらゆる機関と複数のプロジェクトを進めていくことになった。そのなかで何かに執着するということは、2年間でほとんどなかったが、なぜか、毎週土曜のごみ拾いプロジェクトだけは、任期が終わるまで続けることにこだわった。

58週連続

任地の小学校

廃棄物最終処分場の発火をとめるためガス抜き管を設置

ごみ拾い第58週

ざっくりとした目的で始めたプロジェクトで、環境について、体験を通して住民同士で考える定期的な場を作ろうと思った思ったのがきっかけだった。内容は、住民にボランティアを募って行う地域のごみ拾いと、拾った資源ごみの分別をメインに組み立てた。アクティビティ中は、家庭の資源ごみの受け取りも行い (当時任地にはリサイクルのための資源ごみの分別回収のしくみがなかった) 、参加者が拾った資源ごみと合わせて、リサイクル仲介業者に買い取ってもらった。1時間程度のアクティビティだが、毎週行った。

数ヶ月がたち、拾えど拾えど、減らない路地のゴミにがっかりして常連の参加者が離れていった。自分で始めたにもかかわらず、土曜の本来休日のこの時間に毎週続けていくことが心の重みになっていった。ついに自分しかいなくなったとき、どうせやるなら、参加者が心から楽しめる1時間にしようと決めた。翌週から、思いつく度に、仕掛けを加えていった。任地を去る1週間前、第58週目のごみ拾いには52名の住民ボランティアが集まった。

この日のアクティビティの最後、「わたしたちがこの活動を続けていく」と言った、いつもは控えめな彼女の力強い言葉は、決して熱血派ではない私に、続けることの意味を教えてくれた。

協力隊から協力隊へ

いつか戻ることを胸に、それでも一度日本に拠点を置くことにしたのは、自分が日本人であることを重視したかったからだと思う。それは、2年間グアテマラのサンタクルスデルキチェ市で、1人の日本人「japonés (ハポネス)」として生活したから頭に浮かんだ選択だった。

たどり着いたのは四国の右下、台風のメッカ高知県室戸市。日本のなかで、“自分”から最も遠い場所に行きたかった。同市の行政区域はそのまま室戸ユネスコ世界ジオパークに指定されている。ジオパークはユネスコの正式事業で、同ジオパークは、日本に9つしかない世界ジオパークの1つだ。自分は、1月より室戸市地域おこし協力隊として、室戸ユネスコ世界ジオパークのツアーの企画に携わっている。

もっとお互いを許しあえたら

“適当”であることには、良い面、悪い面あると思う。2年間のグアテマラでの生活でその良い面を何度も目にした。「しょうがないね」と諦める笑顔に、「しょうがないね」と笑えたから、救われたときが何度もあった。そこで出会った人々の優しさに触れたことを胸に、また笑顔でみんなと会えるように、今いる場所での生活を大切に送りたい。