協力隊から帰国して14年

【写真】高橋 和寛さん(香川県)平成13年度1次隊/ネパール/果樹
高橋 和寛さん(香川県)

「青年海外協力隊」に参加することになった経緯

 私は2001年7月から2年間、青年海外協力隊に参加し、ネパールで果樹栽培の普及のために活動していました。
とは言ってもそれ以前は国際協力に特に関心が深かった訳でも無く、海外にも行ったことがありませんでした。きっかけは大学4回生の時に所属していた果樹栽培の研究室で教授や留学生から様々な情報を聞くうちに漠然と海外の農業への関心が深まり、勉強したことの「使い道」を考えている時に青年海外協力隊のことを知ったことでした。特にネパールを希望していたわけでもなく、海外で果樹栽培に関する仕事ができるならばどこでも良いと思っていました。
 このような経緯で好奇心とわずかの専門知識や技術だけを持って大学を卒業した翌月から訓練に入り、3カ月後日本を離れました。

ネパールでの柿栽培

 ネパールは北は中国のチベット、南はインドに挟まれた小さな国ですが、標高だけを取ってみても8000mを超えるヒマラヤ山脈の山々から、南部の低地では100m程度になり、気候も非常に多様性に富んでいます。
 私の仕事は日本の甘柿の栽培を普及させることでした。任地であった首都カトマンズ近郊は、高松市よりも年間を通じて少し暖かい程度であり、西日本で栽培されているような作物はなんとか生育できます。それでも日本には無い雨季があるため、病気の発生などで栽培できる果樹は限られる中、私が赴任する1年程前から比較的手間のかからない柿がターゲットとなっていました。ネパールには在来の柿がありましたが、渋柿ばかりで柿は渋いものという認識でした。

 具体的な活動内容は既に植えている農家の巡回指導や、新たな農民グループの組織化、苗木生産の指導等でした。現地の人達にとって果樹は栽培する物では無く、放っておいて成ったものを収穫するというものであったのだと思います。巡回を開始した当初は植えた苗木のすぐ近くにトウモロコシの種を播かれ、しばらく経って巡回に行くと柿の苗木の背丈を追い越したトウモロコシが畑一面を多い尽くしている、という光景は何度も見ました。そういった場合、光が当たらずに柿の苗木は枯れてしまうことが多いため、柿の苗木から離して植えること、できるだけ背丈の小さい野菜等の作物を植える等根気強く説いて回る必要がありました。その他にも家畜のヤギに新芽を食べられた、植えたばかりの苗木を盗まれた等、栽培云々以前のトラブルに何度も見舞われました。
 とは言っても柿の苗は根付いてある程度の大きさになれば手間もかからずに実を着けるので、別の地域で同時に活動していた隊員の方々の協力を得ながら、植付面積を拡大していきました

帰国後の活動

東かがわマルシェにて

 帰国して10年近く経った頃、JICAの教師海外研修でネパールに行かれた方から、現地のホームステイ先で甘柿を食べたこと、その村が私が初めて一から農民グループを相手に植え方の指導をした村だったことを聞き、活動の成果が少しはあったのかなと思いました。
 帰国後は大学院に進学し、就職活動を経て現在農薬メーカーで営業の仕事をしています。職場が高松にあるため、仕事の合間に香川県の青年海外協力隊のOB会の活動で募集説明会のお手伝いや国際交流関係のイベント等に参加しています。ふとしたきっかけで参加した青年海外協力隊ですが、行きたいと思う人がいれば是非応援していきたいと思っています。

 先日ネパールを襲った大地震の時には、私が巡回していた地域も大きな被害を受けました。その直後にJICAが出展していた東かがわ市のイベントで募金を呼び掛けてはどうか?との意見がOB会の中で出たため期間中募金を呼び掛け、集まったお金を現地のNPOに送りました。多くの人たちがネパールを心配してくれていること、一日も早い復興を願ってくれていることを感じることができ、とても嬉しかったです。
 今後もできる範囲で2年間御世話になった国の復興、発展を支援していきたいと思っています。