ハンガリーでボランティア?!(前編)

【写真】平山 和子さん(愛媛県) 平成9年度1次隊/ハンガリー/婦人子供服
平山 和子さん(愛媛県) 

派遣国 ハンガリーのこと

首都ブダペストから南へ約40km DABAS(ダバシュ)という人口約1万5,000人の小さな町の職業訓練校(中学・高校課程)の縫製・服飾科にデザイン画の授業を担当する教員として配属されました。
学校には服飾科の他に、美容学科、自動車整備、建築、機械、電気工事士などの学科がありました。
当時のハンガリーは人口約1,000万人。国土面積は9.3万平方キロメートルで、日本の約1/4。ヨーロッパの中央にあり、ドナウ川が貫流する首都ブダペストの美しさは「ドナウの真珠」と謳われ、王宮、国会議事堂、ゲッレールトの丘を望むドナウ川の景観はユネスコ世界文化遺産に指定されています。
ハンガリーは1989年社会主義時代の崩壊後、JICAの本格的な技術協力が始まり、主に日本語教師やシステムエンジニアといった教育文化系の隊員、剣道・柔道・合気道・野球などのスポーツ隊員135名が派遣されました。私が派遣された夫人子供服は、かなり珍しい職種でした。
そして、2004年5月、ハンガリーがEUに加盟したのを機に日本のODA対象国から卒業することになり、2007年11月JICA事業は終了しました。

動機ときっかけ・・・縁 〜青年海外協力隊で活動するの姉〜

私が青年海外協力隊の事を知ったのは、大学を卒業し日本語教師として働いていた姉が、「日本語教師をするなら海外で経験を積んだほうがいい。」というもっともらしい理由で青年海外協力隊「日本語教師」としてシリアに派遣されることになった時です。 両親はわけもわからず大反対(笑)、私は他人事のように思っていました。

少し姉の話になりますが・・・姉は子供のころから「外国」や「外国人」に興味があり、町でよく「ハロー!」と声をかけていました。姉は珍しいことに興味を持ち、中学生になると英語を熱心に勉強しました。そして、インターネットなどない時代、どこからか海外の文通相手を探し、旧ユーゴスラビアの女の子と英語で文通を始めました。
そんな姉だから行けるのであって、私には縁のない話だと思っていたのです。

元々筆マメな姉は、シリアに行ってからもたくさんの手紙や写真、シリアの珍しいお菓子などを送ってくれました。手紙からは、活き活きと活動する様子が伝わり、私たち留守家族の楽しみになりました。また、両親は、留守家族に届くクロスロードを読んだり、留守家族連絡会に参加して、次第に協力隊に対する理解が深まり、私が参加するときは「それ行って来い」という感じになっていました。

手紙や写真で姉が伝えてくれる「シリア」での生活や協力隊の活動にすっかり興味津々になった私は、家族と任国を訪ねることにしました。姉の授業に一緒に参加させてもらったり、他の隊員さんの活動も見に行ったりしました。シリアの人と共に生きている姿がとてもたくましく、すごいな。と思いました。

友人、そしてハンガリーとの縁

ハンガリーの英雄広場 同期隊員のみんなと

その頃、私は服飾の専門学校生。服飾の専門学校と言えばトレンドファッションに身を包んだオシャレっ子がデザイナーやアパレル企業目指して・・・のはずなのですが、そこで出会った友人が青年海外協力隊に行きたい!という方で「婦人子供服」という職種があることを教えてくれました。そして私は、友人を連れて2度目のシリアへ。その後、募集説明会やOB会に事あるごとに参加しました。そして、婦人子供服隊員として友人はグァテマラへ、私はハンガリーへの切符を手にしました。
こうしてすばらしい人との出会いの連続が私を青年海外協力隊へと導いてくれました。

ご縁はまだあります。
青年海外協力隊と言えば「赤道直下新天地!」アフリカや南米に行くものだと思っていましたが、任国がハンガリーとわかった時は「え?ヨーロッパ?」と、ちょっと拍子抜けしました。しかも学校の授業でしかならったことのないデザイン画の先生・・・。
さらに、ハンガリーは新天地ではありませんでした。姉と一緒に、姉のペンフレンドに会いに行くため、フランス、オーストリア、ハンガリー、ユーゴスラビア(現在のセルビア)へ旅行したことがあったのです。1990年のハンガリーは社会主義が崩壊した直後で、混沌とした雰囲気だったのを覚えています。
 派遣中、姉のペンフレンドが何度も会いに来てくれました。また、彼女の父親はハンガリー人で、私がハンガリー語を話すことをとても喜んでくれていました。

ご縁とは本当に不思議なものですが、きっと大切で必然なものなのでしょう。
世界は広いですが飛び出してみると嬉しくも、このようにせまいと感じることがあります。

-------------------------------------------------------------------------------------
平山さんのハンガリーでの活動の様子など、後編へ続きます。→