ボリビアから神山へ!世界も日本も元気にする協力隊

【写真】滝下 智佳さん(徳島県出身)平成18年度2次隊/青少年活動/ボリビア多民族国派遣
滝下 智佳さん(徳島県出身)

ボリビアでの子どもたちとの活動

Hola!(オラ/こんにちは)
私は2007年1月からの2年間、ボリビア多民族国という国で青年海外協力隊員として活動していました。
帰国して7年が経った昨年、故郷の徳島にUターンし、現在は神山町の地域おこし協力隊として特産品のすだちや梅の振興など、地域の魅力を掘り起こす日々を送っています。

ボリビアでの日々

ボリビアのリャマ

 私が2年間を過ごしたボリビアのオルロは、標高3,700メートルに開けた鉱山の町。あおあおとした山々に囲まれた徳島で生まれ育った私が最初に驚いたことは、子どもたちが山を茶色で塗ることでした。活動先は、地域で教育・保健分野の支援を行うNGO。「子どもたちが町を誇りに思い、町が元気になるような活動をして欲しい」との言葉を配属先のカウンターパートからかけられ、活動がスタートしました。
 私が現地で子どもたちや先生たちに伝えたかったことは「楽しい学び」。日本での教材開発の仕事や児童館でのボランティア活動の経験を活かして、子どもたちにリサイクル工作や手遊びを教えたり、現地の先生方にも教材を作って教える指導方法を伝えたり・・・、現地の若者や仲間の隊員たちと文化交流祭を主催した事もいい思い出です。
 ボリビアには、「アミーゴ文化」(アミーゴとはスペイン語で友達という意味)と呼ばれる、相互扶助の文化があります。いつも「困ったことはないか」と声をかけられ、厳しい環境の中でも明るくたくましく生きる現地の人々に学び、助けられた2年間。また日系移住者やアニメなどの影響もあり、「日本はいい所だね」「日本人はすごいね」と言ってもらうことも多く、日本の反対側で日本に誇りを感じ、自分を見つめ直す経験ができたことも財産となりました。

帰国後、東京での暮らし

 帰国してからは、東京都内のボランティアセンターでのコーディネーターの仕事を経て、JICA地球ひろばの開発教育/国際理解教育の担当として仕事をしました。エネルギーや食糧など、日本の私たちの暮らしは、世界の国々に依存しています。東日本大震災が起きた際には、開発途上国を含む多くの国々から支援や応援が寄せられ、世界が支え合っていることを実感しました。「Think globally, Act locally」(地球規模で考え、足元から行動する)という言葉がありますが、私たちの暮らす地球がこれからも持続可能であるためには、自分たちの考えや暮らしを変えていく必要があるのではないか・・・。子どもが誕生したことも後押しになり、東京を離れ、人のつながりや物事の循環を実感できる生活をしたいと考えるようになりました。

徳島へのUターン、そしてこれから・・・

徳島県 神山町

 現在、家族で暮らしている神山町は、私が生まれ育った徳島市のお隣の町。近年、都会のIT企業がサテライトオフィスを相次いで設置していることで注目を集めていますが、かつて2万にいた人口は6千人以下に減り、少子高齢化の課題を抱えています。しかし神山には、豊かな自然や人のつながり、伝統文化や暮らしの知恵など魅力がたくさん。また神山町には、四国88カ所霊場の12番札所「焼山寺」があり、ボリビアの「アミーゴ文化」ならぬお遍路さんをもてなす「お接待文化」が根付いています。お遍路ではない私たち一家も、いつもご近所の皆さんに「困ったことはないで?」と声をかけて頂き、採れたての新鮮な野菜や、子どもの玩具のお下がりを頂いたりしています。人とつながり、家族や友人との時間を大切にすること。また、自分の食べる物がどこから来るのかが見えたり、物を無駄にしないシンプルな暮らし・・・、それはボリビアで心地よいと感じた習慣でした。神山で暮らし、今改めて、開発途上国や日本の里山の暮らしの豊かさを感じています。
 ボリビアに赴任当初、カウンターパートからかけられた「子どもたちが町を誇りに思い、町が元気になる活動を!」との言葉。そんな活動は、ここ神山でも求められています。青年海外協力隊と地域おこし協力隊。どちらも地域に住み、そこに暮らす人々との関係性を築きながら活動をする点は同じ。よそ者だからこそ実感する地域の魅力。地元の人と外から来た人が協働することで、途上国も日本の地域も元気になっていくのではないでしょうか。
 私はこれから、ここ神山から徳島を、四国を、日本を元気に!そして自分たち家族の新しい故郷を創っていきたいと思っています。神山に遊びに来てみてな!