ボリビアの人々との出会いから〜手仕事の場づくりをはじめて

【写真】福田 わかなさん(高知)平成18年度3次隊/ボリビア多民族国/村落開発普及員
福田 わかなさん(高知)

私は2007年4月から2年間、村落開発普及員としてボリビア多民族国に赴任しました。帰国して7年、今は高知県の中山間地域で手仕事の場づくりをライフワークとして暮らしています。

ボリビアでの活動

伝統的な焼き物をつくる女性

 私は、ボリビア南部サンタクルス県カミリ市に居住し、先住民族グアラニ—の人々と働いていました。活動先は、グアラニ—の村々の代表者からなる組織で、地域の人々の生活に関わる事柄を決定していく自治会組織のような役割を担っていました。ボリビア経済の発展に伴って村の生活も変化し、グアラニ—民族の人々は、民族の言葉をはじめとした伝統・文化をどのように継承していけるのかを模索している時期であったと思います。
 私の活動は、当時衰退傾向にあった伝統手工芸に関する調査を行い、現状把握と活性化の為の課題解決に取り組むことでした。織物やヤシ工芸、陶芸等により現金収入を得ている女性たちが、どのように生産活動を改善していけるのか考え、他機関と連携したり、他の隊員の力を借りたりして、改善を試みました。また、女性の社会参加を促す為のプロジェクトを女性リーダー達と共に企画し、村々を回ってセミナーやワークショップを実施しました。

グアラニ—民族の人達と出会って

民族の踊りをするグアラニ—の女性達

 グアラニ—民族の人々と働く中で、自分の民族に誇りを持ち、地域、伝統・文化を愛し、その為に献身的に働く多くの人々に出会いました。その出会いは、「私自身がどこの社会に属し、生きていきたいのか」を改めて考えるきっかけを与えてくれました。
 私は青年海外協力隊に参加する以前より、国際協力に関わる仕事をしていました。村落開発普及員として先住民社会を経験し、より専門性を深めて開発途上国で働き続けたいと考えていました。しかし、グアラニ—民族の人々との出会いから、自分のルーツである日本で暮らし、日本社会で起きていることに向き合い、そこで自分の役割を果たしていきたいと思うようになりました。そして、「日本で自分に何ができるのか、したいのか」を模索し始めました。

地方で暮らし、ライフワークと出会う

薪を焚いて、キバナコスモスで染める

 帰国して4年目になろうとするころ、自然と農のある暮らしを求めて、関東から高知県の山間部へ移り住みました。同じタイミングで手仕事という自分のライフワークに出会いました。家の周りの山々にある植物や畑で育てた藍を採取して草木染をしたり、植物の繊維や羊毛で糸を作り、それを編んで身に着けるものを作ったり。自分の暮らしが、自然の循環の一部であることを実感できる環境に暮らしています。自然の一部をいただき、自分の暮らしを創るという体験は、自然と自分との繋がりを感じ、自分自身にかえる時間を与えてくれます。そんな機会と時間を様々な人と共有したいと思い、自宅を開放してワークショップを行う等、手仕事の場づくりをしています。

 山での暮らしは、グアラニ—民族の人々の暮らしと似ているところがあります。薪を集めて火をたいたり、自然素材から何かを作りマーケットで販売したり。自分自身がものづくりをするようになり、伝統手工芸に携わっていた女性たちが抱えていた苦労を今は実感をもって理解することができます。自然と寄り添い、環境や伝統・文化を大切にする暮らしは、グアラニ—民族も今私の住む地域でも共通しています。

地域で自分らしく生きる

家の畑で藍や野菜を育てる

 現在は草木染、糸紡ぎ、編みもの等の手仕事をライフワークとしながら、地域の学校や農業等に関わる仕事をしています。
 高知へ移り住む時、村落開発普及員のように地域活性化に関わる仕事をすることも考えましたが、なぜかしっくりきませんでした。それよりも、「その地域の一住民として、地域に根付き、幸せに暮らすことが結果としてその地域の役に立つ」それが自分にとって一番自然な社会への貢献の仕方なのではないかと感じました。自分自身が日々の暮らしの中で平和を感じられることが、家族や周りにいる人、その地域社会、その国全体を平和な社会にしていくのではないかと思います。
 山での暮らしは試行錯誤の連続で、これからどんな暮らしになるのか、まだまだ模索中です。ただ、自分にとって大切なもの「自然や人とつながりのある暮らし」がここにあります。グアラニ—民族の人々の暮らしの中心がまさにそうであったように。ボリビアで経験したそんな暮らしにヒントを得て、今に至っているのかもしれません。
「自分自身を生きることがその地域で役に立っていく」そんなふうに日本社会の中で役割を果たして、これからも生きていけたらと思っています。