ボリビアと牛と私

【写真】福田 桂子さん(高知)平成19年度2次隊/ボリビア/家畜衛生
福田 桂子さん(高知)

私の任地では牛は手で搾乳していました。高山病や寒さに強い牛。乳房には毛が生えています!

酪農家さんのお宅で、一緒にコカの葉を噛んでいます。空腹や眠気が紛れると、放牧中にみな噛んでいました。舌がしびれますよ!

2007年9月から2年間、青年海外協力隊として南米のボリビアで過ごしました。職種は家畜衛生で、小規模酪農家に人工授精を普及させるという活動でした。

子供の頃、テレビでアフリカの人を助けるボランティアの人を見てかっこいい!と感じていました。大学生の時、協力隊OGから話を聞いて参加したいと思うようになりました。就職してから、別のOGに「興味があるなら是非参加してみて!」と言われたことがきっかけで応募しました。OGはアフリカで牛の診療をされた方と、中東で新体操の指導をされた方で、現地での活動も帰国後の仕事も頑張っていらして、キラキラした憧れの存在でした。

ボリビアでは、南米3大カーニバルの都市の1つ、オルロからバスで2時間の村に住んでいました。標高は3700m以上あり富士山山頂に住んでいるようなもの、一年中寒くて乾燥していました。高山病でしんどくなったり、よく風邪を引いて鼻水ダラダラになっていました。

私の任地では、ほとんどの酪農家が各々雄牛を保有していて、繁殖を交尾で行っていました。なので、酪農組合に所属し、集乳トラックに同乗させてもらって農家を回りながら、人工授精の利点を説明しました。講習会を開いたり、ラジオに週1回出演したりしました。人工授精や治療を依頼された時は、凍結精液を保存するための液体窒素が入ったタンクを背負って、路線バスや酪農家さんのバイクの後ろに乗って訪問しました。

ボリビア赴任前は日本で微生物検査の仕事をしており、牛の治療の経験がなかったこともあり、ボリビアでの活動は思ったようにはうまくいきませんでした。人工授精が成功したとして出産が10ヶ月後、仔が雌だったとして、その仔が妊娠・出産してようやく乳が出て乳が改善されたことがわかる・・・成果が出るまでに何年もかかる事業です。私は成果をあまり感じることができず、申し訳ないという気持ちで帰国の途につきました。

帰国後は、牛の臨床獣医になることを考えていたのですが、縁あって、動物園で働けることになりました。鹿児島県の動物園で臨時職員をした後、現在は高知県立のいち動物公園で働いています。
ボリビアでうまくできなかった牛の活動。もう一度国際協力できる機会があれば、動物園動物・野生動物の知識・技術で今度こそちゃんと貢献したい、それが今の夢です。

ボリビアにいた時、「日本の武道はどんな?踊りはどんな?何か芸能を披露して!」とよく言われましたが、何もできず、自分がいかに日本を知らないか、を痛感させられました。なので、帰国したら日本の文化芸能を学びたいと強く思いました。高知県に来てから、地元の和太鼓グループに所属したり陶芸教室に通っています。これからは、以前より自信を持って日本を紹介できるかな、と思ってます。また、南米の音楽フォルクローレで演奏される、ケーナという竹製の縦笛も習っています。ここ高知県で、ボリビアを懐かしく感じながら練習しています。