ama la vida −まずは夢をもつことから−(前編)

【写真】林  香子さん(香川)平成25年度1次隊/エクアドル/青少年活動
林 香子さん(香川)

クイ:可愛すぎ食べられないエクアドル人もいます…

私は2013年7月からの2年間、エクアドルで青年海外協力隊として活動していました。帰国して2年が経った2017年4月、再びエクアドルを訪れました。2016年4月に発生したエクアドル地震の被災地視察、そして、任地リオバンバへ。エクアドルのゆっくりとした時間の流れがとても懐かしく感じました。
2年ぶりの再会に、私の大好物のクイ(テンジクネズミ)を用意して待っていてくれたホストファミリー、病気で出てくるのも大変だったのに会いに来てくれたカウンターパート(国際協力の場において、現地で受け入れを担当する人)、道で偶然私を見つけて大声で名前を呼んで駆けてきてくれた子ども達、私との再会に涙を流して喜んでくれた活動先の女性達、私がリオバンバに戻ってきたことが信じられず「私は死んでしまったの?これは夢?」と言って喜んでくれたおばあちゃんもいました。地球の裏側にいるたくさんのアミーゴ(スペイン語で「友達」)が、私のことを覚えていてくれて、今回の再訪をとても喜んでくれて、私が青年海外協力隊として活動した「証」を確認できたような気がしました。

※タイトル説明: ama la vida はスペイン語で「人生を愛せよ」という意味で、私の任期中、エクアドルのスローガンとして使われていました。

協力隊参加のきっかけ

 青年海外協力隊は、私の小学生の頃からの夢でした。小学校の教科書で青年海外協力隊を知って憧れを抱き、高校生の時に帰国隊員の出前講座を受け、大学生の時には帰国隊員と一緒に子どもの体験学習に関わるボランティア活動をしていました。帰国隊員と関わる度に「自分も青年海外協力隊に参加したい」という思いが強くなり、2度目の受験で青年海外協力隊に合格することができました。

エクアドルってどんな国?

チンボラソ山:チンボラソ山の山頂は「地球上で最も宇宙に近い場所」

 エクアドルという国名は、赤道を意味しています。その名の通り、赤道直下に位置する国です。エクアドル産のバナナ、コーヒーやカカオは日本でも目にすることがあると思います。また、世界で最初の世界遺産のひとつであるガラパゴス諸島をはじめ、国内に5つの世界遺産があり、世界各地から多くの観光客が訪れています。世界遺産の街クエンカにはアメリカ人などの移住者も多く、エクアドルは「リタイア後に移住したい国ランキング」世界第1位にも選ばれました(アイルランドの海外移住専門誌「インターナショナル・リビング」より)。しかし、観光地や都市部と田舎の町には、激しい貧富の差があります。私は、エクアドル最貧県であったチンボラソ県に派遣されていました。
 チンボラソ県リオバンバ市は、首都キトからバスで南へ約4時間、エクアドルのほぼ中央に位置しています。エクアドル一高い山であるチンボラソ山(標高6,310m)の麓にあり、標高約2,800mの街です。標高が高いため、赤道直下であるのに年平均気温15℃程度、一年中「秋」のような過ごしやすい気候でしたが、高山病で頭が痛かったり息苦しさを感じたりと、大変な面もありました。

現地での活動

教職員を対象とした研修会の様子

活動先の子ども達

 私の活動の中心は「自分で考えることの重要性」を伝えることでした。
 まだ着任して間もない頃、先輩隊員が行う絵画教室でエクアドルの抱える問題に気づかされました。それは、エクアドルでは「自分で考える」ことができない子が多いということでした。
その絵画教室では「自然をテーマに自由に好きな絵を描く」という課題が出されていたのですが、多くの子ども達が何を描けばよいのか分からずに何十分も悩み続けていたり、隣の子どもの絵を真似していたり、自分が持っていたアニメの絵を丸写ししたりと、「自由に好きな絵を描く」という姿とは程遠いものでした。これについて先輩隊員は、「学校の美術の授業が模写を行うのみであるから、子ども達は自由な発想で絵を描いたことがない。他の授業でも、自分で考える機会がほとんどないため、『自分で考える力』が育まれていない。」との問題意識をもっていました。
 そこで私は、「子ども達が自分で考えられる教育の場をつくりたい」と考え、参加体験型学習(ワークショップ)の手法を活用していました。参加体験型学習(ワークショップ)とは、講義形式のような教師から生徒への教え込みではなく、体験等を通して参加者同士が互いに学び合う場をつくり、より主体的な学びを促す学習形態です。そのため、エクアドルの子ども達の「自分で考える力」を育むためには、ワークショップがより有効的だと考えました。
 ワークショップを実施する人には、主体的な学びを促す参加者への関わり(ファシリテーション)が不可欠です。そのため、現場に立つ教職員や学生リーダー等に対して、ファシリテーションに関する研修会行ったり、実際に私が子どもたちにワークショップを行って、講義型学習との違いを示したりもしました。2年間で計35回の研修会・ワークショップを実施することができ、延べ約1000名が参加してくれました。私の研修を受けた同僚が、後に自分でワークショップを行う際に、研修で扱った手法を取り入れてワークショップを進める場面が見られ、嬉しく思いました。

 が、派遣中の2年間ずっと活動が順調だったわけではありません。最初の1年間は、県知事選挙やカウンターパートの転勤、配属先長の交代等でほとんど活動ができませんでした。活動ができない期間は、拙いスペイン語で企画書を作ったり、ひたすら自分の知識をスペイン語に翻訳したり、いつか行うであろう研修会・ワークショップに備えての準備作業をしていました。約1ヶ月かけて1人で千羽鶴を完成させたこともありました。後にその千羽鶴は、「平和」をテーマにした子ども向けのワークショップ等で教材として活用できましたが、いつできるのかも、本当に実現できるのかもわからない活動の準備をするという時間は、とても辛かったです。子どもの頃からの夢だった青年海外協力隊なのに、「今すぐにでも帰国したい」と思い続けた1年目を過ごし、エクアドルに居ることが嫌で嫌で仕方がありませんでした。それでも、だんだんと私の活動に理解を示してくれる人が増え、2年目になると最初の1年間が嘘のように活動が上手く行くようになりました。忙しくも楽しい毎日を過ごすうちに、気が付けばエクアドルのことが大好きに変わっていました。