−スーダンから徳島へー

【写真】ラヤン ハミッド エルバヒト ガスマラ さんABEイニシアティブ研修員/スーダン共和国出身/研修先:徳島大学大学院先端技術科学教育部(2016年9月3日から)/専攻:システム創生工学
ラヤン ハミッド エルバヒト ガスマラ さん

現在に至るまで

私はアフリカ、スーダンの首都ハルツームから2016年9月にABEイニシアティブの研修員として来日しました。スーダンの中では比較的教育熱心な家庭の元に生まれたため、学生時代は勉学に励んでいました。そのため、スーダンで一番の難関大学といわれるハルツーム大学の化学工学部を無事に卒業することが出来ました。学生時代には兄弟を訪ねに何度かヨーロッパに行きましたが、そこで国の高度な技術を目にし、いかにして発展を遂げたのか、先進国で勉強することに強い関心を持つようになりました。なぜなら私の夢は母国の産業発展の一翼を担うことなのです。大学を卒業後はスーダン石油省の下流部門担当組織で働き、仕事に夢中で取り組んでいました。その時の上司が私のやる気やリーダーシップ能力を買って、ABEイニシアティブへの応募に際して推薦してくれました。その後、なんとか全ての選考に合格することが出来、夢への一歩として今、私はここ、徳島にいます。

スーダンの暮らし

家族でイスラム教のお祝い

・歴史的背景
スーダンはアフリカの中で最も面積の大きい国の一つで、地理的にも多様な国です。現在のスーダン地域は中世のアラブ人によって、その地域に住む住民の肌の色を示して「黒人の土地」という意味の「"Bilad al-Sudan」と名付けられました。その後、スーダン地域はアフリカと地中海世界の文化的伝統が交わる地域としてあり続けています。そのためスーダンはあらゆる意味で多様性を示すアフリカ系アラブの国とされています。

・スーダンの社会生活
スーダンの平均年齢は19歳(国連調べ:2015年)で、他のアフリカの国々と同様に合計特殊出生率は4.3(世界銀行:2015年)という高い水準を示し、世界の中でも最も若い国家の一つに分類されます。スーダンでは、そういう背景から家族が互いを支え合う必要があり、大家族の元で暮らすという文化に反映されています。一緒に住んでいなくとも毎週金曜日には定期的に家族が集まります。例えば私の家族は毎週金曜日(スーダンでは金曜日と土曜日が週末)、祖父、祖母、おじ、おば、そしていとこやその子どもたちと集まります。この定期的な集まりの他にも、結婚式やお葬式、イスラム教の断食明けの祭典、お見舞いやその他の冠婚葬祭などで遠い親戚と会う機会もよくあります。このような家族や親せき達との強い関係性は人々との間にも絆を生みます。そういったことから、スーダン人はしばしば寛容でおもてなしの精神を持つ人たちと言われます。また、頻繁に親戚達と会うことから、それぞれの置かれている状況をよく把握しています。そのため、誰かが困っている時は本人から直接相談されなくても金銭的、心理的に支援が出来るのです。
このような関係は地方に行けば行くほど強い傾向があります。スーダンに来た人々は皆、このスーダンのおもてなしを味わうことでしょう。これは求められるから行うといった義務的な側面ではなく、自然と人々を深く気に掛けるという人間性がスーダン人にはあるからなのです。

・普段の食事
一日はたいてい一杯のお茶から始まります。朝食は少し遅めにとり、一般的にはソラマメを油で調理したフルと呼ばれる豆料理とパンやサラダを食べます。主食はアシーダと呼ばれるオートミールに用いられるミレット(穀物)やキスラと呼ばれるクレープのようなものが一般的です。キャッサバやさつまいもなどを食べることもあります。

・冠婚葬祭時の食習慣
イード・アル=アドハーというイスラム教の犠牲祭では家畜の羊を生贄として犠牲にします。そして一部の肉は貧しい人々に分け与えます。また、イード・アル=フィトルとはラマダンと呼ばれる断食の終わりを祝うもう一つの大祭で、大勢の家族が集まり食事をします。預言者ムハンマドの誕生日とされる日は主に子どもの祝日でありピンク色の砂糖菓子で出来た人形やナッツやゴマから出来た練り菓子などの特別なデザートで祝われます。

徳島での暮らし

徳島でもスーダン料理

高知県黒潮町ではだしマラソンに参加

阿波踊りに初参加(写真左)

・徳島についての印象
徳島は今となっては私のもう一つの故郷です。これまでの1年間の研修期間中、旅行や研修で徳島を出るたびにいつしか徳島に「帰る」という言葉を使うようになりました。ここに帰ってくるといつも安心するのです。もし、また日本での勉強する地を選ぶ場面に戻ったとしても、私はまた徳島を選びます。なぜなら、ここでの暮らしは生活に必要なものは身近に手に入りますし、様々な楽しい場所もあります。落ち着いた田舎らしい暮らしの中でも便利さがあり、ここは生きていくのには完璧な町だと思っています。ここで生活できて幸せです。

・私の楽しい時間
日本に来て以来、日本人や外国人と様々なイベントに参加する機会があり、たくさんの文化交流を経験することが出来て、私は大変恵まれていると感じました。また、文化といえば日本料理を食べる機会もたくさんありましたが、日本食は大好きです!
楽しい時間について考えると私にとっては今、生きている時間もどんな時も楽しいものなのです。それが例えどんなに重く、厳しいときでも。なぜなら、悪いことの後には必ず良いことがやってくるからです。だから私はいつも楽しもうと思っています。

・徳島での経験を今後どのように活かすか
日本・徳島での研修期間が終わったあとは、日本とスーダンとの産業分野の架け橋となり研修を通じて得た知識、経験、人脈を国の経済発展また、私の夢の実現を果たすためにスーダンで還元していきたいと思っています。そしていつしか、私自身もスーダンの産業開発、改革を通して、世界的なリーダーの一人になりたいと思っています。

・徳島の皆さんへ
私のように肌の色や宗教も違う異文化を持つ人々を知ろうとしてみてください。私は心を開いて様々な信念や考えを吸収しようとすることが良い交流に繋がると信じています。そうすることで心に素晴らしい変化をもたらし、幸せをさらに感じられると思っています。是非、様々な人との出会いを楽しんでください。
最後に、いつも私を受け入れてくれる「徳島人」の皆さんには本当に感謝しています。ありがとございます。シュクラン!