アマゾンで学ぶ。自分の人生を豊かにする、選ぶ。自分の人生は自分のもの。

【写真】飛鷹 佳子さん(愛媛)平成25年度2次隊/エクアドル/看護師
飛鷹 佳子さん(愛媛)

南米アマゾンに住む。日本にいた時の感覚から言えば、「おおっ、すごい」となってしまう場所で、青年海外協力隊で2013年10月から看護師として2年間活動してきました。

アマゾン源流 オリエンテ地方

マカス市全景

市の中心部とパレード

シュアル族伝統衣装

私が行ったのは南米エクアドルのマカス市。エクアドルは4つの気候帯に分かれていて、海側から、世界遺産として有名なガラパゴス諸島、海沿いの蒸し暑く陽気な人が多い地域コスタ地方、アンデス山脈上にある日本でいう春や秋のような気候のシエラ地方、アンデスから内陸に下ったアマゾン源流であるオリエンテ地方です。エクアドルの詳しい情報については、ほぼ同時期に活動していた林香子さんの記事を見ていただくとして、私はオリエンテ地方でのことを紹介していきたいと思います。
 
 アマゾンの源流とはいえ、住んでいたのはいわゆる県庁所在地でした。日本の県庁所在地とは全く規模は違いますが、日本から想像するジャングル生活とは全く別だと思います。インディヘナ(原住民)の方々も多く、私が住んでいた辺りではシュアル族の方々が多く住んでいました。私たちが毎日着物や浴衣を着ることがないように、彼らもTシャツにズボンで生活しています。オリエンテの方々はのんびりしていて親切で、田舎であるため危険なこともありませんでした。もちろん海外ということを踏まえての安全対策はした上で、ですが。
 最近は海外を取り上げた番組も増えて、様々な海外についての知識を持っている人も増えたかと思いますが、結局自分で見てみなければ本当の姿はわからないなーというのが私の意見です。エクアドルが取り上げられているということで見てみたら、番組で紹介されていることと私たちが見てきたこととは全く違っていたりすることもあります。

看護師としての活動

慈善財団のスタッフ達。よく診療所でのんびりおやつを食べました。

県病院のお茶目な同僚たち。

 私は町の慈善財団の診療所に派遣されました。医療分野には医師、歯科医師、事務員、清掃スタッフが1人ずつしかいない小さなところで、今まで総合病院の病棟でしか働いたことのない私には、驚くこともたくさんありました。活動期間途中で配属先が閉鎖されたこともあり、入院病床70床の県病院に移ることになりましたが、今となっては全く環境の違う2つの職場を経験できたのもよかったなと思います。日本でも病院を変わったことがあったのですが、日本の中でも病院によって、そして同じ病院内でも診療科や病棟によって全く違っていたりします。経験をするためにわざわざ転職する必要はもちろんありませんが、違うものを見て、比較して、分析したり試行錯誤したりということは、臨機応変な対応ができる人間になるという意味で、とても大切なことだなと感じます。今は何でもマニュアル化されており、それが良いこともありますが悪い側面もあります。マニュアルに載っていないことや、いつもの物品がないときには対応できない、といったように。協力隊へ行って大きく成長するスキルではありますが、もちろんこれから協力隊に行こうとしている人にも、当然必要なスキルになってきます。
 
 そして人間関係の面でも、一度職場を変わった経験が役に立ちました。人は一緒に努力していない人の意見を取り入れることが難しいということです。例えば自分たちが毎日やっていることを、突然来た知らない人がそのやり方は間違っている、こうしなさい、と押し付けられたときにそれを受け入れることはできますか?それが正論であってもなかなか難しいと思います。そして日本でやっているやり方が、日常での考え方やバックグラウンドが違う場所で最善というわけでもありません。一緒に働いて、その場所にあった方法を一緒に考えていくのでなければ、何かを変えていくことは難しいのです。現地でマンパワーとして働いた期間も長かったですが、最終的にはそれがよかったなあと思っています。
 僻地へ医療巡回にカヌーで行ったり、栄養教室をやったり、高齢者の集まりで血圧測定やったり、病院でこつこつリハビリやったり、日本とエクアドルの小学生同士で文化交流したり。2年でやったことは色々ありますが、それは私がやったなと考えていることであって、エクアドルの人たちが私の活動をどうとらえてくれていたのかは分かりません。援助は受け手が助けられたと思ったときに援助になる、と災害看護で学びましたが、災害時だけではなく国際援助においてもこの考え方を忘れてはならないと思います。しかし、私が2年間で学んだことがやったことよりはるかにたくさんあることだけは、紛れもない事実なのです。

これから行く人へ。迷っている方たちへ

医療巡回

 派遣されて、必ずしも大歓迎で迎えてくれるわけではなく、失敗や苛立ちもあって、想像するような英雄譚ばかりではないでしょう。それでも本当に行って学ぶことの多かった、人生を豊かにした2年間であったと思います。
 進学、就職、結婚、病気の治療、そして協力隊への参加など人生の分岐点にあって、たとえ人からの勧めがあったのだとしても最終的に自分の人生の選択は自分の責任です。選択肢を増やすのも自分なら、選択するための価値観や経験を選択までに得ておくのも自分です。人生の後悔を人のせいにはできません。その一方で自分の人生なのだから、自分で豊かなものにする権利もあると思います。
 私は2年間で様々な人たちと出会うことができました。20歳で3人の子どもがいるシュアル族の若いお母さんが言っていました。「私たちはすべてを持っている。畑、トリや牛の家畜、家族。幸せだよ。」と。豊かさと幸福度は比例するわけではない、というのは既知の事実だと思いますが、自分の人生を豊かに、幸せにするために、私は色々な経験が活きているな、と感じます。
これから行く人は、向こうでの経験を恐れたり面倒くさがったりせず、色々な人と関わってみてください。迷っている人は、一度説明会へ足を運んでOB/OGの生の声を聴いてみるといいと思います。
その先に、きっと今より豊かになった自分の人生が待っています!