ガーナでの活動を通して

【写真】坂田 実緒子さん(高知在住)平成26年度1次隊/ガーナ/コミュニティ開発
坂田 実緒子さん(高知在住)

青年海外協力隊に参加したきっかけ

 愛知県の南部に位置する、知多郡阿久比町。ここがわたしの育った町です。春はあぜ道に蓮華が咲き乱れ、夏になれば蛍が飛び交い、秋には近くの田んぼが黄金色に染まり、冬でもめったに雪の降らない穏やかで自然豊かな町です。のんびりした田舎の小さな町で、外の世界をわたしに教えてくれたのは、たくさんの本でした。
 国際協力に興味を持ったのも、ある一冊の本がきっかけです。それは、ユニセフ親善大使だった黒柳徹子さんの著書である「トットちゃんとトットちゃんたち」。当時小学生だったわたしは、世界には自分と同じくらいの子どもたちが、大変な環境の中で懸命に生きている、という事実に衝撃を受け、いつか彼らの力になりたい。そう思っていました。
 時が経ち、目の前のことに集中しているうちに、いつしか国際協力に携わるという目標すら忘れていました。もっといえば、知識も技術も覚悟もないのに「できるわけない」と自分で諦めていたのかもしれません。転機は大学時代のゼミの先輩が青年海外協力隊に参加したことでした。ちょうど帰国したタイミングで、会って話を聞きました。異なる生活環境、文化、人種。そんな中でもがきながらも奮闘した2年間の話を聞き、ワクワクしている自分がいました。「今度はあなたの番だよ!」という言葉に背中を押され、まずは挑戦してみようと思い立ち、青年海外協力隊に応募したのでした。

浮き沈み・ガーナで暮らした2年半

村の様子

郡内でとれるパイナップル。傷ものは廃棄に。

失敗続きのワークショップ

子どもたちの笑顔が日々の支え

姉のような妹のような。大好きな友人

 わたしが派遣された、西アフリカにある、ガーナ。1年を通して太陽がサンサンと降り注ぎ、人々のカラフルな洋服、はじける笑顔からのぞく真っ白な歯、人々は陽気で街には音楽があふれていました。市場に行けば熱帯の国らしく、たくさんのフルーツが並び、恰幅のいいおばちゃんたち、筋肉隆々のお兄ちゃんたちがたくましく商売を営んでいます。
 わたしが2年半住んでいたのは、首都から乗り合いバスを乗り継いで3時間ほどにあるEkumfi郡(エクムフィ)です。海沿いの村と山沿いの村、農業と漁業が主な産業であり、全部で55の村を抱える郡でした。
「コミュニティ開発」という職種で派遣されたわたしは、郡役所の地域開発課に配属されました。郡内にある村の巡回をしながら、生活改善に関わる助言等をする、というのがわたしの活動内容。けれども、配属されてから1ヶ月が経ったころ、ボランティアを要請した担当者は異動。頼れる人はいなくなり、活動自体が白紙状態。そんな状況を打開したい、と毎日ひたすら村を歩きまわりました。
 そのような中、郡内でとれすぎてしばしば捨てられてしまうというパイナップルに目をつけ、パイナップル農家への加工技術の大切さを伝える活動をスタートしました。ところが、活動は思いのほか苦戦。「Aba(わたしの現地語の名前)が言うことはわかるけど、仕事が忙しいから」「農家の仕事もあるのに、加工するまで手がまわらない」など、ワークショップを開催しても誰も来ないなんてこともしばしば。他の国からの援助団体が来るから、と追い返されたこともありました。とうとう、この活動は結果的に諦めざるをえなくなってしまいました。思い描いていた活動が進められないもどかしさ、異なる文化の中での葛藤、自分の無力感にうちひしがれることもしょっちゅう、悔しくてやりきれない、そんなことも少なくはありませんでした。
 そんな中でいつも支えてくれたのは、ガーナで出会った友人であり家族の存在です。国が違っても、相手を思いやる気持ちは変わりません。一日の終わりに、今日の出来事を話して、笑って、ご飯を一緒に食べる、何気ないそんな日常が今振り返っても特別だったのだと感じます。特にご飯を一緒に食べることは、ガーナの人と仲良くなる上では欠かせません。
 ガーナの文化で大好きなことのひとつに「You are invited!」というものがあります。これは、ご飯を食べるときに相手を思いやるひとことで、「一緒にどう?」なんていう意味なのです。日本でも「同じ釜の飯を食う」なんて言ったりしますが、ご飯を一緒に食べることで、ぐっと彼らと距離が縮まりました。ガーナの人と共に生活し、彼らの習慣や文化を学ぶことによって、彼らとの信頼関係を築き、少しずつ自分の活動に活かしていくことができるようになっていったのです。帰国するころには、村の中を歩けば「Aba Mioko!」とアイドルさながらに、村中の子どもから大人まで声をかけてくれるほどになりました。

ガーナがわたしに教えてくれたこと

 ガーナはわたしにとって初めて長期で滞在した国。公用語の英語は村ではほとんど通じない、現地の言葉はわからない、度重なる停電、水道なしの生活。日本で普通に過ごしていたら、決して経験できないことばかり。日々、初めてに出くわすことが、挑戦することへのハードルをぐっと下げてくれたように感じています。その中で得たものは、わたしの中でこれからの人生を生きていく上での糧となっており、参加できて本当によかったと言えます。
 小学生のときに思い描いた、世界のためになることをしたい、という目標を達成したいと思ってわたしは協力隊に参加しました。けれど、帰ってきて思い返せばガーナから学んだことばかりです。ガーナの人は知恵も力もある。だからよそ者であるわたしたちの役割は、彼らが力を発揮できるように支えること、見守ること、信じることだと感じています。
 2年半のガーナでの活動はカタチになったものばかりではないけれど、日本を知らない人たちの中でゼロからの人間関係を築いたこと、そして今でも日本でのわたしのことを気にかけてくれる友人がガーナにいることこそが、2年半のわたしの成果です。

そして、今とこれから

 帰国して間もなく、高知県の西部に位置する黒潮町にあるNPO砂浜美術館のスタッフとして活動しています。「私たちの町には美術館がありません。美しい砂浜が美術館です」というコンセプトのもと、地域資源を活かし、町の活性化を担う団体です。実は、ここでスタッフとして活動するきっかけとなったのは、協力隊としてガーナにいたときに実施した「Tシャツアート展inガーナ!」なのです。協力隊としてガーナに派遣される前に見た、元青年海外協力隊の方がモンゴルで実施したTシャツアート展の様子。その風景に感動して、わたしもガーナでの実施を夢見て企画しました。今、この団体に参加し「Tシャツアート展」を始めとした様々なイベントを通して、砂浜美術館のコンセプトを多くの人と共有することにやりがいを感じています。そして、外からの視点を強みに、残していきたい歴史や文化、そこにある人々の営みを尊重しつつ、足を運んでくれる町内外の人へ魅力を発信するお手伝いをすることを目標に、外からの視点を活かして奮闘していきたいと思います。

※坂田さんは現在、「海外(グローバル)と国内(ローカル)の経験を併せ持つ「グローカル協力隊」」として、黒潮町にて活動しています。このグローカル協力隊制度には、開発途上国で活動する前に日本国内で地域おこしの実習経験を積む「育成型」と、開発途上国での活動経験をもとに地域で活躍する機会を提供する「実践型」との2タイプあります。坂田さんは後者「実践型グローカル協力隊」の「第一号隊員」として、ガーナでの2年間の活動経験を生かし、現在はNPO砂浜美術館での職務を通じて黒潮町を元気にするために活躍されています。