ブラジル日系社会の高齢者の暮らし

【写真】岡 生子さん(徳島)平成27年度0次隊/ブラジル連邦共和国/高齢者介護
岡 生子さん(徳島)

シニア海外協力隊に参加したきっかけ

 孫が4年間、東京の大学生活を送りそのサポートを終えようとした時、これからどう過ごそうかと考えていました。その時にJICAの募集を見ました。自分の経験から、何か役に立つ事はないかなぁと思った時に、ブラジルでの高齢者介護の要請に出会いました。ただ、応募時の年齢がJICA応募条件ギリギリでしたので、取り敢えずチャレンジしようと挑戦し、運良く合格しました。最高齢の応募、遠いブラジルで活動が出来るのか?ポルトガル語が覚えられるのか?日系社会の人々の役に立つのか等、不安ばかりだったと記憶しています。

現地の様子

高齢者会で行われる運動会での競技

運動会で割り箸でフェジョンというブラジルの豆をコップに入れる競争

 ブラジルは、日本の国土の約23倍の広さがあります。私が配属された場所は、ボリビアとアルゼンチンとの国境がある、パラナ州ロンドリーナ市という所でした。パラナ州は、ほぼ日本と同じくらいの面積があります。とにかく、広いという感じが半端ではありません。
 任地のパラナ州には、各町で高齢者会という組織があり、それぞれが活動しています。主な活動は月に1回程度、会を開き色々なイベントをしています。例えば、運動会・敬老会・忘年会・新年会等、主な会員が会費を出し合います。高齢者会に参加する日系人の平均年齢は80歳代が一番多く、その次が70代です。各地区には、1世の人々が作ったであろう会館があり、そこへ集まります。高齢者会の運営は、役員の方々がしています。今まで何十年も自分達なりの方法で、工夫をしながら高齢者会を継続してきました。高齢の方で、一人暮らしの方や車の運転をしない人等は、会員が誘い合わせて車で送迎しています。アセル高齢者会等は、毎月100人近い人が集まるので、バスを借り切って送迎しています。

現地での活動

川魚(ティラピア)のお刺身は皆様大好きです

カルロポリスという町で、毎年新盆の方の灯篭を作り、川に流す法要をしています。

 このように自分たちの創意工夫で長年継続してきた高齢者会で、ボランティアは一体何をすれば良いのだろうかと赴任当初は悩みました。初めは日本から来たお客さんの様な存在でした。日系の人々が自分たちで作り上げた形の高齢者会に、まずは必ず出席する事。顔を覚えて頂き、親しくなることからでした。広い地域にある高齢者会には、毎月行くことができない場所もあります。ロンドリーナからパラナ州都のクリチバへは、400km未満なのでバス移動です。車社会のブラジルは、道路が整備されています。広い大地の先が点に見える道、両側は小麦等の畑だけが見えて、家はほとんど見えません。このような状況のブラジルですので、初めの1年は高齢者会に呼んで頂く事に力を入れました。2年目に入り顔も覚えて頂け、役員の方とメールや電話で打ち合わせをして、主に「認知症について」の事例を挙げながら話をしました。日本では認知症が知られていますが、ブラジルではあまり知られていないようでした。それと同時に「自分が認知症にならないための予防の話」もしました。ブラジルでは、介護保険制度が無いので、家族が高齢者を看る事が普通になっています。介護をする年代が60歳〜70歳代です。が、今、介護をしている年代の人は核家族化が進んでいて、老後を不安に思っている人も大勢います。このような現実ですが、日系の人々はパワーに溢れ、毎月の高齢者会の活動を楽しみにされています。どの高齢者会も誕生会・高齢者会・母の日・運動会・父の日・カーニバルといろいろな楽しみで集まる機会を工夫しています。会で出される食事等は、会員さんの手作り日本料理(巻き寿司・いなり寿司・お饅頭等)です。遠い日本から移住してきた父母等の苦労を知り、日本への望郷を抱きながらブラジルの地でたくましく明るく生きている姿に心を打たれました。日系の人々の優しさや温かさは今も忘れることができません。

帰国後の活動

 帰国してから何をしたらよいかと考え中です。現在は、居住地域である上板町のボランティア活動に役立てるような集まりに出席しています。私もそうでしたが、日系の人々の暮らしや思い等を沢山の人々に伝える事が出来ればと思っています。