マダガスカルの言葉

【写真】白潟  康太さん(愛媛)平成27年度1次隊/マダガスカル共和国/青少年活動
白潟 康太さん(愛媛)

「僕はマダガスカル語を話せます。」
このフレーズを自慢げに言うと、いろんな人が笑ってくれました。冗談に取られたり、なんだその言語はと思われたり、この国で必要性のない言語を、などの思いからの笑いなんだと思います。自分としてはなんとも思いのつまったフレーズです。マダガスカルから帰国して半年が経ちました。あっという間に過ぎたのは、日本にもう一度馴染むために頑張った、そんな時間だったからかも知れません。2年間過ごしたことをしっかりと振り返らずにいたところに、このような機会をいただきました。活動の振り返りと帰国後の話が、誰かの何かにポジティブな支えになれれば、との思いと自分のために伝えられることを書かせてもらいます。

大学2年生の頃に初めて海外旅行へ行ってから、海外を意識するようになり、当然のように協力隊という言葉に出会いました。その頃から興味はあったものの、一歩が踏み出せず大学を卒業し、民間企業に就職し、日々の業務を過ごすという日々でした。それから8年が経ち転職を考え始めたころにまた出会ったのが協力隊という進路でした。ここを逃せばきっともう行く事はない、と応募を決めました。1度目の応募はしっかりと不合格でした。

諦められず、もう1度最後に応募してみようと思いました。1度目は実務経験のない職種での応募だったので、次はこれまでの経験が少しでも生かせられる要請を探しました。
そして合格。ようやく協力隊員としての1歩目を踏み出すことになりました。70日ほどの派遣前訓練できっとこれからも付き合っていくだろうと思える仲のよい同期4名と出会い、フランス語をみっちり学び、出発。2年間の活動がスタートしました。

到着早々に、開発途上国を実感しました。道は整備されておらず四駆でないとまともに通れない、首都とは思えない崩れかけた建物、なにより冬にサンダル、Tシャツで歩いている子どもをたくさん見かけたことを覚えています。この頃はまだコミュニケーションもなにも取れずただただ眺めているだけでした。

約2か月の現地語訓練を終え、いよいよ任地に到着しました。首都で2か月ほど滞在したので、すっかりこの国にも慣れたと思っていたのですが、いざ始まると職場でのコミュニケーションや生活環境を整えるまでに時間がかかりました。

私の職種は青少年活動、市役所に設置されているCLACという日本でいうと児童館のようなところの利用促進でした。ろくにコミュニケーションもできない状態だったので、実態調査と、任地の人々に顔を覚えてもらう作業だけをすることにしました。この施設は会員制で、配属当初250人、年会費が1000アリアリ(日本円で40円)かかるということ、2000冊ほどの図書があるにもかかわらず、平日は誰も利用がなく、夕方に子どもらがちらほらいる程度でした。さらに、前隊員が活動し帰国してから2年ほど経っており、子どもたち向けのアクティビティ本などに活動成果が残っているにも関わらず、それを活用せずにただ受付に1日座っているだけの同僚。なにからどう活動して行こうか、という会話を同僚と進めながら、現地語であるマダガスカル語を学んでいきました。
少しずつ生活にも慣れてきたころから、より多くの人々に顔を覚えてもらおうと学校巡回をはじめました。1週間に私立公立合わせて5校8クラスを回り、日本文化や放課後に配属先施設の利用促進を呼びかけました。

活動の初めはとにかく何もできませんでした。なのでいろいろなところへ出向き、いろいろな人に出会い、いろいろなことを見て聞いて体験する。これが仕事だと言い聞かせ、日本との違いを肌で感じながらなじんでいきました。1年を経過した頃から、放課後の施設の利用者が目に見えて増えてきたことを覚えています。静かな施設に子どもらの騒がしいほどの元気な声が聴こえてきます。あまりに騒がしくて、隣にあった市長室から苦情がきて、2階からより広くて音を気にしなくていい1階へと引っ越しをしました。

同任地の保健隊員やアメリカのボランティアピースコーのメンバーとも協力し、同施設のアクティビティを充実させ、利用者の定着を図りました。日本語、スペイン語、ダンス、お菓子作り、市内の学校を回って保健衛生啓発活動を行う保健クラブもできました。ラジオなどのメディアも利用して広く周知することができました。任期終了目前には配属当初の250名から1300名ほどまで会員数は伸びました。

実のところ、失敗やイライラすることがとても多かったです。日本で感じないストレスをこれでもかと感じて帰ってきました。それでも2年間頑張れたのは、嬉々として自分の授業を楽しんでくれる子どもたち、活動を理解し支えてくれた親友、自分の活動を支えてくれた同期、そしてマダガスカルで活動した隊員たちのおかげです。マダガスカルには「mora mora」(ムーラ ムーラ)という「ゆっくりゆっくり」という言葉があります。何事もあわてず、ゆっくりと。日本で忙しなく感じる1日を、遠く離れたこの地ではゆっくり過ごす1日。どちらも問題があるのでどちらがいいとは言えませんが、この国の文化は、なにか新鮮で心から「あたたかいな」と思いました。

日本に帰ってからは、縁あって小学校で先生をしています。毎日毎日忙しい日々ですが、マダガスカルで出会った子どもたちと同じくらいの日本の子どもたちと楽しく笑いの絶えない日々を過ごせています。そしてこれからも、日本の子どもたちが世界に目を向ける手助けが出来たら。と考えています。クラスの子どもたちにマダガスカルでの日々の写真を見せたり話をすると、ぽかんとした顔をしながらも面白がっていろいろ聞いてくれます。
自慢をさせてください。
「僕のクラスの子たちは、マダガスカル語を話せます。」