モンゴル行ってきました

【写真】高橋 冴さん(高知)平成27年度3次隊/モンゴル/音楽
高橋 冴さん(高知)

 モンゴルから帰国して、3か月が経とうとしています。
 帰国直後は、いたるところで良くも悪くも違和感を感じていました。
何を食べても美味しい!日本の食文化に感動。レジ前で、エスカレーターで、駅構内で、きちんと並んで静かに待つ日本人。お店の店員さんたちは常に笑顔でかゆいところにも手が届く接客。そんな光景をさすがだなと思う反面、なんだか違和感。見知らぬ子どもに話しかけたら一目散に逃げていき、お母さんには変な目で見られる始末。
外に出たからわかる日本の良いとこ、悪いとこ。
あまり、自分ではわからないけれど、この2年間での自分自身の変化。
そんなことを考えながら、モンゴルでの2年間を振り返りながら、書かせていただきました。

モンゴル?

凍って食玩のようになったカップ麺

 「私、モンゴル行ってました。」
そう言うと、大抵の方から「モンゴル?」と聞かれます。
モンゴル人力士が多数活躍していますが、まだまだ馴染みの薄い国。
さらに「青年海外協力隊といえば、暑い国」というイメージもあるらしく、モンゴルへの派遣がしっくりこない方もいるようです。
協力隊が派遣されている国の中でも、寒い国の一つであるモンゴル。
国土の大半は高原or砂漠。
インターネットの情報では『酷寒・極乾』と書いてありましたが、まさにその通り!カップ麺が食玩のようになる様や、濡れた厚手の毛布が2時間足らずで乾いてしまうのを体験すると、『酷寒・極乾』に納得でした。
そんな過酷な環境下で生活されている人々は、優しく温かい人たちでした。
少し(?) 人見知りで、打ち解けるまでは少々時間がかかりますが、仲良くなるととても心強い味方です。お家に呼んでいただいてご馳走をふるまってくれたり、風邪をひいて寝込んでいるとスープを作ってきてくれたり、日本人に負けないくらいおもてなし精神にあふれています。

 語学は生活する中で多少向上しましたが、もちろん日本語程には流暢に話せず、初めて会う方や付き合いの浅い方とのコミュニケーションはなかなかうまくいかず、トラブルになることもありました。しかし、そんな時にも強い味方になってくれ、間に入って通訳してくれたり、解決のために動いてくれたりと積極的に助けてくれました。日常でも、私の下手なモンゴル語を一生懸命聞いてくれようとしたり、私の分かるように言い方を工夫してくれたりと気遣ってもらいました。

モンゴルの素敵な言葉

【画像】 モンゴルで最初に「素敵だな」と思ったことは、誰の子でも「миний хүү(ミニー フ—:私の子)」とか「манайх(マナイハ)」と呼ぶことです。子どもはみんな私の子、モンゴルの子、子は宝というのを強く感じました。

 そしてもう一つ、モンゴルの素敵な言葉を紹介します。
先にも述べた「миний(ミニー)」と「манай(マナイ)」。どちらも直訳すると「私の(もの)」なんですが、使い方が若干違います。そして、この若干が大事なんです。
例えば「миний」の場合。
 Миний үтас(ミニー オタス:私の電話)
 Миний аав(ミニー アーワ:私の父)
 Миний найз(ミニー ナイズ:私の友だち)
例えば「манай」の場合。
 Манай нутаг(マナイ ノタグ:私の故郷)
 Манай аймаг(マナイ アイマグ:私の県)
 Манай багш(マナイ バグシ:私の先生)
若干の違い、お分かりになるでしょうか?
「миний ~」の場合、個人所有のニュアンスが強いですが、「манай ~」だと「私を含めたみんな(自分が属している集団)のもの」というニュアンスになります。
家族はもちろん、仲のいい友人や同僚も「манайх(マナイハ)」と呼びます。
活動先の先生方に「манай багш(マナイ バグシ:私の先生)」と言われた時は、本当の一員になれた気がしてとても嬉しかったことを覚えています。

リコーダー部とよさこい部

 そんなモンゴルでの私の活動は、ゴビ・アルタイ県第一学校で
(1)小学校3~5年生の授業
(2)部活動
(3)その他(リコーダーセミナー・日本語教室など) でした。

ここでは、(2)の部活動について紹介させていただきます。
部活動の立ち上げは、なかなか苦労しました。
元々、要請内容に『日本の楽器を使って、部活動を新設・指導してほしい』というものがありました。しかも「モンゴルの楽器とコラボして」と要求は増えます。
「和太鼓だ」「三味線だ」といろいろ言われたのですが、そんな楽器は準備できないので、「リコーダーにしよう!大きいリコーダーも日本から送ってもらえるから」と何とか説得し、小学5,6年生を対象としたソプラノ・リコーダー部と中学2年生を対象としたアルト・リコーダー部が開設。
モンゴルでは約4年前から、小学3年生の授業でソプラノ・リコーダーが導入されましたが、部活に来る子どもたちはみんなリコーダー未経験。教えるのも四苦八苦しましたが、自分で簡単に音が出せる楽器に子どもたちが興味津々で、自ら進んで学んでくれる部分もあり、リコーダー部は私の癒しの時間でした。
そしてさらに、校長先生から直々に「日本の踊りを教えてほしい」という要請も頂きました。
これは悩むまでもありません。私は高知県民。高知と言えばよさこい踊り。
というわけで、中学2年生を対象によさこい部を開設。
高知県庁おもてなし課(現在は、国際観光課が担当)のご協力で、20組の鳴子も届きました。
リズム感がない、テンポが取れない、中腰ができない、要所要所でしっかり止まっておけない、衣装を派手にしたい先生方、帯・ハチマキの巻き方にも見えた異文化etc…。数々の課題・問題を乗り越え、発表会までこぎつけたときの感動は言葉にできないものがありました。

謎はいっぱい

 そんなこんなで、楽しかったこともたくさんあった、辛かったことも今となっては良い思い出となった、モンゴルでの2年間。
任地の人々と同じ生活をし、共に働き、食事会や飲み会も幾度となくしましたが、まだまだ分からないことが多いのも事実。
モンゴル人からのこんな質問、

・日本人は何ですぐにペコペコ頭を下げるんだ?
いろんな場面でついつい出ちゃう『お辞儀』。私の配属先では「素敵な習慣だ」と好印象でしたが、他の隊員の中には「弱く見えるからそんなことしちゃいけない」と悪印象を持たれた人もいたようです。

・日本人は何で皿を持って食べるんだ?
食事の時、食器を口のそばまで持って来て食べますよね?私も初めて知ったのですが、この習慣は日本だけらしく、海外ではマナー違反と取られることもあるようなので注意が必要です。
飛行機に乗って、機内食を食べる際に周りを見渡してみてください。器を持って食べているのは、日本人でほぼ決まりです。

・日本には何で男なのに長髪だったり、髭を生やしている人がいるんだ?
モンゴルの男性は、大抵スポーツ刈りです。近年では、韓流ドラマの影響で2ブロックやウルフカット(?) の若者が増えてはいますが、田舎の大人たちには理解不能なようです。
また、モンゴルでは髭=不潔・無精という印象が強いので髭を生やした人はまず見ません。
ちなみに長髪の男性隊員は質問されて、「サムライだからだ!」と答えて納得されたんだとか。
他にも思わず「えっ…!?」ってなる質問をたくさんされてきました。

上記の3つ、皆さんは答えられますか?
「日本文化だ」という答えはダメなんです。そう答えると、「どうしてそんな文化が生まれたんだ?」と、次は「どうして」攻めに合います。
最後には、「私にも良く解らない」と答えるしかなくなってしまい、「自国のこともちゃんと解っていないのか…」と自己嫌悪に陥ることもありました。
そうやって気付いた『世界の中の日本の非常識』。
もっと国境を越えた交流が盛んになれば良いのに…と思います。

終わりに

 私にとって、初海外だったモンゴル生活は発見と学びの日々でした。本当に素晴らしい経験をさせていただいたと思います。
また、2年間の活動を支えてくれた家族や以前の勤務校の校長先生と生徒たち、高知県庁おもてなし課のみなさま、青年海外協力隊を育てる会のみなさま、JICAモンゴル事務所のみなさま、モンゴルで出会った人々、そして何より2年間苦楽を共にした同期隊員たち。一人だったら、できたことはゼロだったかもしれません。協力隊は『協力され隊』だと今でも強く思います。
 
 旅行でもお仕事でも、海外に行かれる方はぜひそこのローカルに飛び込んでみてください。
ネットや旅行雑誌には書かれていないところで、その国の良さに出会えると思います。