知らないんじゃない。知ろうとしないだけ。〜私がタンザニアで見てきたこと〜

【画像】久保智美(くぼ さとみ)

徳島県出身 平成20年度ODA民間モニター 第2期 タンザニア班 徳島文理大学 人間生活学部 児童学科2年
久保智美(くぼ さとみ)

参加のきっかけは高1の秋

今回の全ての始まりは、高校1年生の秋に参加した国際交流集会だと思っています。テレビや教科書の中だけだったナントナクの世界感から、様々な国の同年代の方と4日間生活を一緒にすることで、文化の違いなどを肌で感じたりすることができ、実在の世界として感じるようになりました。そして、一番刺激的だったのが、学校に通えない、児童売買が行われているといった国の方々と直接話をし、その解決法を話し合った事です。学校などで同じ授業があったとしても、やはりどこか他人事としてしか考えられないと思います。しかし、隣に座っている子は、もしかしたらその対象になっていたかもしれない。そう思うと、とても他人事として考えることなどはできませんでした。
  直接会っただけでこんなにも考えが変わることができた。今度は現地へ行って直接自分の目で見て感じたい!! と思うようになり、今回の募集を知ったとき、是非参加したい!! と思い応募しました。

私が見てきたタンザニア〜一週間を過ごして〜

タンザニア。この国名を聞いたことがありますか?私は今回初めて知る国でした。勿論、どこに位置しているのかも知らず、調べてみてアフリカのケニアの下ということを知りました。そこで、まず私が想像したのがどこまでも続く壮大なサバンナです。ところが、実際に現地に降り立ってみると、道路が二車線!私の地元よりも進んでいると感じました。しかし、少し郊外に出るとテレビなどでよく放映されているような景色と、ギャップに戸惑うことが多々ありました。
生活状況はと言うと、1日1ドル以下で生活している人は全人口の半分。電気、水道の設備も不十分です。地域にもよりますが、現地の協力隊員さんの話では、水が出るのは不定期で(1日1時間程度のところもある)1日の使用量は5リットルとおっしゃっていました。5リットル・・・多い?そんなもの?少ない?ちなみに、日本でのトイレ一回の使用量は…なんと10リットルです。
電気については、ホテルでも停電はしょっちゅうでした。しかし!なんと、現地のほとんどの方が携帯電話を所有。太陽光発電式なのです。そして、ゴミ問題も深刻な国タンザニア。しかし、買い物時のビニール袋の有料化が実施されているなど、日本よりも進んでいる!と、本当に色々な面を併せ持った国でした。

ポレポレの国タンザニアとODA〜8件の視察を通じて〜

8件の案件を視察してその全てに対して感じたことは、“相手の立場で考える”ということです。ただ単に物資を提供するのではなく、何が必要か?と考え、そして援助の過程で現地の方と共に活動する、その後の維持管理は現地の方ができるように、といった所までを含めての援助でした。自助努力のための援助。そう私は感じてきました。
また同時に、顔と顔が向き合った活動でもあると感じました。現地の方に溶け込んで、同じ目標に向かって活動されている日本人の姿、また、タンザニア人の姿はとても生き生きとしていました。国際協力。そこには人と人との繋がりがありました。
国際協力とは?との質問に、“自分は周りの人に助けられている。だからお互いに助け合うことかな。”これは、一番心に残っている現地の協力隊員の方の言葉です。
タンザニア人の国民性は“ポレポレ”(ゆっくり)です。それは良い意味にも悪い意味にもなります。良い意味での国民性で、一歩一歩確実に発展の道を歩んでいってほしいと願います。

言葉だけがすべてじゃ無い!!〜現地でできた友達〜

タンザニアはスワヒリ語と英語が公用語。私は中学の頃から英語は大の苦手です。今回も一番苦労したのが英語力不足でした。話し掛けたくても言葉が出てこない、話し掛けられたらとりあえず笑顔で乗り切る、といった感じでした。しかし、このままで帰国するのでは納得がいかないと思った私は、英語がダメならスワヒリ語とミックスで!と、スワヒリ語会話帳を片手に、思い切って現地の方に自分から話し掛けてみました。会話のほとんどは雰囲気で感じ取る、自分の言いたいことはノートに図を書いたり、といった感じでした。にも関わらず、会話が途切れるということは無かったのです。
その女性とはE-メールアドレスを交換し、今も仲良くしています。会えなくなった現在は、英語辞書とにらめっこしながら…。

無知過ぎた自分

今回の経験を通して痛感したこと、それは、“自分は何も知らない。”ということです。テレビなどのニュースは毎日見ているにも関わらず、ODAの事も名前程度しか知っていませんでした。それは多分、「知らなかった」のではなく、「知ろうとしなかった」のだと思います。今回学んできたことも、タンザニアという1つの国として見ても、極一部でしかありません。しかし、そのどれもが「知らなかった」では済まされるものではありませんでした。
タンザニアでは日本が知れ渡っていました。しかし日本ではどうでしょう。タンザニアという国をどれだけの人が知っているでしょうか。“知らないんじゃない、知ろうとしないだけ!!”私たちは世界について少し無関心すぎるのではないでしょうか。
そしてもう一つ。今の生活のありがたさについても知っているふりだけ。分かっているつもりでも今の生活が当たり前になっている。私たちは幸せに対して鈍くなっているのではないかとも感じました。
世界には私たちが知らないことが限りなくあります。世界にはその日一日を無事に生活できたことにとても感謝している方たちもいます。もっと世界を知っていく。知ろうとする。それが私たちにできる国際協力の第一歩ではないかと思います。

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ダルエスサラームの町並み 車のほとんどが日本の中古車です。

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ダルエスサラームの町並み  少し郊外に出るだけでこんなにも違いがあります。

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日本の援助で給水設備が整えられつつある今も水汲みをしないといけない子どもさんもいます

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タンザニアには孤児が240万人います。孤児院に入所できない方もたくさんいる状態です。この孤児院の生徒の皆さんはとても明るく、夢に向かって頑張っていました。

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現地で友達になったJaneさん。

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理学療法士として現地で活躍されている青年海外協力隊員さん。この病院には現地で資格を持った理学療法士の方は1人しかいません。

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日本がこの道路を作った証の富士山

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アルビノ(先天性色素欠乏症)の方。様々な苦労をされています。

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日本の援助で作られた水道。子どもたちが嬉しそうに捻っていました。たくさんある水道のすべてに日本への感謝の文字が刻まれていました。

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子どもたちの笑顔がとても印象的でした。