未来の子どもたちを、海外でも日本でも活躍できる国際人に![前編]

【画像】日野 翠さん

愛媛県出身 18年度2次隊ニジェール 小学校教諭
日野 翠さん

青年海外協力隊の小学校教諭として、西アフリカのニジェール共和国で青年海外協力隊と短期ボランティアとあわせて約3年間活動された日野さん。帰国数日後の教員採用試験に見事合格し、地元西条市内の小学校で教員生活2年目を迎えられていますが、着任前から精力的に国際理解教育の実践をされています。現在の学校にはあらゆる人がゲストで登場し、日野先生が受け持つ6年生の児童にとっては刺激的な毎日!国際理解教育に熱心に取り組む日野さんの真意を探る前編です。

なぜ青年海外協力隊に参加されたのですか?

子どもの時から、海外に対しての憧れがありました。中学校3年生の時に子ども3人でカナダを訪れ、従兄とアメリカまで車で縦断し、国連の事務局を見学。その経験から、海外で仕事をしてみたいという想いを持つようになりました。

大学では教員免許を取得しましたが、卒業後は、ワーキングホリデーでオーストラリアへ行き、旅行関係の仕事も経験。 帰国後、5年半あまり講師として小学校で勤務していましたが、ふと自分自身の人生について考えるようになりました。その時に、また海外に出て働きたい、世界の子どもたちを見てみたいという想いが強くなり、小学校教諭として青年海外協力隊に参加することを決意したんです。

ニジェールから日本の子どもたちに、どんなことを伝えていましたか?

青年海外協力隊としてニジェールに派遣されている間、自分の経験を自分だけの糧にしてはいけないという想いがありました。それまで地元の小学校で講師をしていたので、地元の教員や子ども達との繋がりがあり、日本の子どもたちに自分自身の経験を伝えたいと考えていました。

ニジェールでの活動は、グループ派遣で保健の教科書を作り、対象校200校に配布したり、教員への講習会を開いたり、展示会やラジオでの啓発などを行ったりしました。個人的には、理想のトイレをつくったり、運動会をおこなったり、自らが作成したムービーの上映会などを開催し、日本や日本文化の紹介なども行っていました。相対して、日本の子どもたちに対しても、ニジェールの日常生活やニジェールの子どもたちの笑顔などの写真や動画からムービーを作成し、ニジェールの紹介もしていました。遠い国の子どもたちが繋がるように、文通もしていました。

日本の子ども達には、ニジェールの子ども達が過酷な環境の中でも、屈託のない笑顔を浮かべ、どこか幸せそうに暮らしているということを知ってもらい、幸せに対する価値観を子ども達それぞれで感じ、考えて欲しいという想いでやっていました。それが、自然と国際理解教育に繋がっていたのかもしれません。

2年半の活動を終え、ニジェールから帰国されてから、教員になられる前の活動を教えてください。

ニジェールでの任期を半年延長したため、帰国後すぐに教員採用試験を受けることになりました。願書提出はニジェールからで、郵便事情の悪いニジェールからでは、願書提出の締め切りに間に合わないことは明らか。願書到着の知らせが欲しいと教育委員会に依頼しても、例外は認められないとの返事。確実に願書を提出するためにはどうしたらいいかと頭を抱えていたところ、たまたま出会った日本からの旅行者がその翌日日本に帰国するということで、その人に願書提出を託しました。
その時は、私の運も月並みじゃないなと感じました。しかし、後日教育委員会から書類不備との連絡が入り、結局は日本に住む弟に再提出に行ってもらいました。

何とかして願書提出を果たし、気が付けば合格。教員になってからは、できないことを今のうちにやっておこうと、講師時代に繋がりがあった幼稚園や小学校、老人ホームなどで、出前講座をやったり、着付けを習ったり、青年海外協力隊の短期派遣で、プログラムオフィサーとして再びニジェールへ。

青年海外協力協会(JOCA)の招へい事業で、ニジェールのカウンターパート(同僚)であったアブドゥーさんを日本に招待し、日本の幼稚園や小学校での交流会や、石鎚ふれあいの里で日本文化の体験などをしてもらいました。地元の工場でアルバイトもしたりして、これまでのネットワークを活用したり、新たなネットワークの構築で、その後の教育現場で大変役立つものとなりました。

教員になられてから国際理解教育に熱心に取り組む理由は?

愛媛県の西条市というところは、田舎です。私が子どもの頃は、自分から外に出ることを意識して、世界と繋がろうしていました。しかし、田舎では外国人を見掛けると一歩引いてしまうのが現状です。

東京の大学に出たときに、田舎との情報格差に気が付きました。グローバル化が進んでいる今の時代に生きる子どもたちは、田舎に住んでいようが、いずれ世界と繋がって仕事をすることになります。小学生のうちから、世界に目を向け、世界のことに関心を持つ人に成長してもらいたいと願っています。
私が国際理解教育を実践することで、子ども達が世界に目を向けるきっかけとなれば、幸いです。

国際理解教育は取り組みにくいと聞きますが、その点はいかがですか?

コミュニケーション能力の向上や異文化理解という言葉を聞くと、敷居が高いように感じられるし、国際理解教育主任などと校務分業を与えられると、先生方はどうしても身構え、力が入ってしまっているように感じます。少し視点を変えて、身近な地域に目を向けてみると、世界と繋がっている人はたくさんいます。
学校という狭い枠に囚われることなく、地域に住む面白い人たちを学校に招待して、子ども達にはいろいろな体験ができるように学習のスタイルを工夫しています。

国際理解教育は地域に根差したもので、もっと気軽に取り組めるものだと思います。地域の人たちに学校に来てもらい、校長や同僚を説得する交渉力は、青年海外協力隊時代に培ったものかも知れませんね。何より、自分自身が楽しむことです。



>>以下 [後編]に続きます(10月下旬更新予定)

次回は教員になられてからの活動やこれからの抱負をお伺いします。

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帰国後は地元での出前講座にひっぱりだこ

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ニジェールに派遣中も地元小学校と交流。教室にはニジェール展示コーナーも

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ニジェールのカウンターパート(同僚)であったアブドゥーさんを日本に招待