四国で世界各国の人づくりを−研修生につながる人々を思い描きながら− [前編]

【画像】公益財団法人オイスカ四国研修センター所長  柿沼 瑞穂さん

H9年度2次隊 ザンビア 村落開発普及員 
公益財団法人オイスカ四国研修センター所長  柿沼 瑞穂さん

オイスカ四国研修センターでは、世界各国からの研修生が生活をともにしながら、農業や農産物加工、農業経営などについて学んでいます。柿沼さんは同センターの所長として、常に研修生たちを温かく、力強くサポートし続けています。柿沼さんがなぜ国際協力に携わるようになったのか、どんな思いで活動を行っているのか、また、現在目標としているのはどんなことかなど、お話を伺いました。

国際協力に関心を持ったきっかけは?

高校生のとき、ニュースでエチオピアの難民の人たちが食べるものがなく、栄養失調に苦しんでいる姿を見ました。それをきっかけに、国際協力について考えるようになり、食糧生産の分野で支援活動を行いたいという思いが生まれました。

青年海外協力隊に参加しようと思ったのはなぜですか。

食糧生産の分野に携わりたいという思いから、高校卒業後、園芸学部で農業について学びました。そして、学部卒業後は、熱帯地域における農業について学びたいと考え、大学院に進学しました。しかし、大学院で研究を続けるうちに、研究成果を通じて間接的に国際協力に関わるだけでなく、実際に現場で活動してみたいという気持ちが強くなり、博士課程を休学して青年海外協力隊に参加することを決めました。そして、ザンビアで、1年の延長期間を含め、3年間協力隊員として活動しました。

青年海外協力隊員としてどのような活動をされましたか。

村落開発普及員という職種で、女性グループへの農業指導や女性の生活向上に取り組むことになっていましたが、実際にはシングルマザーの収入向上に向けての取組が活動の中心となりました。活動の一例としては、シングルマザーのための洋裁教室の開催があります。洋裁教室を行いたいと考え、所属先であるNGOや村の関係者の許可をもらい、実施することが決まりましたが、会場や道具の手配、参加の呼びかけなどすべてが手さぐり、手作りの状態でした。それでも、高校の時の家庭科の知識を引っ張り出したり、周りの隊員に協力してもらったりしながら、何とか洋裁教室を開催することができました。はじめは、参加してくれる人は少なかったのですが、続けていくうちに、商品が売れ始め、継続して参加する人たちが増えていきました。その結果、この洋裁教室は配属先のNGOの事業として引き継がれることとなりました。このように、現地の人々と関わりながら、体当たりで国際協力に取り組んだ経験が今の自分の原点になっていると感じます。

オイスカとの出会いについて教えてください。

協力隊員の任期を終了し、一旦大学院に戻りましたが、現場との距離を感じ、研究を続ける気持ちになれなかったため、退学し、JICA東京国際センターで国内協力員として活動することにしました。その後、財団法人日本国際協力センター(JICE)の研修員、大学での技術移転機関※でのコーディネーターといった仕事を経験する中で、国際協力の現場に戻りたいという思いが強くなり、国際協力に関わる仕事を探し始めました。そんなとき、オイスカのことを知り、特に女性の地位向上への取組に力を入れていた四国研修センターに魅力を感じ、現在の仕事に就くことになりました。

※大学等での研究成果を民間企業へ技術移転するための、仲介役的な役割を果たす組織

現在の仕事の魅力は?

オイスカでは、研修生とともに生活しながら、生活全般を通じて、仕事に対する考え方やリーダーシップを身につけてもらうことを目指しています。一緒に過ごす時間が長く、研修生との距離が近くなり、ときに衝突することもあります。しかし、生活をとともにする中で、お互いをよりよく理解するようになり、人間関係が深まっていきます。世界各地から集まった研修生たちと密接な人間関係を築き、研修生やその文化について知ることができるのは、とても楽しいです。また、研修生だけでなく、地域の人たちとのつながりが強いことも四国研修センターの良さだと思います。



>>次回は地域の人たちとの交流やこれからの抱負について伺います。
  (12月下旬更新予定)

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研修の様子

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農業実習を体験する研修生

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実習の様子

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「かがわ国際フェスタ」で自分の国について紹介する研修生