心の中で繰り返した想いが現実につながる−青年海外協力隊で学んだこと

【写真】中田 隆之介さん(愛媛県出身)H19年度2次隊/モザンビーク/美術/済美平成中等教育学校美術教員
中田 隆之介さん(愛媛県出身)

OBであるお父様の言葉が背中を押して、親子2代での青年海外協力隊参加となった中田さん。モザンビークでの2年間は、本気でやりさえすれば必ず受け止めてくれる誰かがいるということを学んだといいます。教員となった今、進路に迷う若い世代に、美術と協力隊体験を通じて学んだ「新しい視点の見つけ方」を伝えて行きたいという中田さんにお話を伺いました。

協力隊に参加するきっかけ

青年海外協力隊に参加する最初のきっかけとなったのは、OBである父の協力隊体験談でした。20代の頃に陶磁器指導者としてインドに行っていた父は、小さかった僕と兄にいろいろな話を聞かせてくれました。話の中には、日本では考えられない変わった人々が登場し、思い思いの想像を膨らませていました。外国を自分の身近に感じた最初の体験でもあります。

そんな僕が、大学を卒業して実家の窯元で働いているときに、「(協力隊として海外に)行ってみないか」ときっかけを与えてくれたのも父でした。当時の自分の状況に対し不安定な心の迷いを抱いていた僕には、何か道しるべを見つけたようにも感じました。偶然にも父と同じ年齢での協力隊参加となりました。

青年海外協力隊としての2年間

現地の生徒と

生徒と作品

モザンビークでの2年間は幸いにも平和で穏やかなものでした。もちろん、異国の地で暮らすにあたって、生活の不便さ、文化の違い、言葉の壁などによるストレスは経験しましたが、職場の環境にも住居にも近所の住民にも比較的恵まれ、楽しく生活することができました。

 それゆえに、できなかったことや後悔したことは、モザンビークという環境のせいではなく、ちゃんと自分の落ち度として感じられ、自分に対する不満を感じることも多くありました。他国で活躍する同期隊員や日本で頑張る大学時代の友人の話を聞くと、今ここでしかできないことを、何か新しく見つけないといけないような焦りを感じていました。

 しかし自分にできることは基本的に陶芸しかなかったし、陶芸の指導が本来求められていた要請内容だったのだから、目新しいことを探すのではなく、自分にできる事をするのが正しかったのだと今になって思います。

活動を通じて得られた一番大きなものは、言葉が十分に通じなくても、文化や価値観が違っても、人が本気で何かをする姿は、必ず本気で受け止めてくれる人がいるという実感です。本気で陶芸を学ぼうとする生徒と、本気で伝えようとする僕との間には、強い信頼関係が生まれていました。それが日本ではなくモザンビークであったということが、僕にとっては本当に大きなことに感じられました。世界中どこに行っても、本気でやりさえすれば必ず受け止めてくれる誰かがいるのだと思えました。

教員になって

ラオスシューズ支援協力 受け渡し

帰国後は、済美平成中等教育学校の美術教員となって、中高生に美術の授業をしています。就職するきっかけは高校時代の美術の先生の紹介でした。先生とは高校卒業後も趣味のバイクなどを通じて交流があったこともあり、まだ僕がモザンビークにいたにもかかわらず実家に連絡をくださって、縁あって現在の学校に勤務することとなりました。

現在は生徒会活動を担当しており、その関係でまた協力隊の活動と関係を持つ機会に巡り合いました。昨年OBに対して依頼のあった、スポーツシューズの寄付を生徒会の生徒に持ちかけたところ、協力しようということになったのです。校内で生徒及び教職員にシューズの寄付を募り、合計31足が集まりました。

集まったシューズを愛媛県出身の体育隊員が活動するラオスに送付する際にも、たくさんの人や機関の協力を経ていることを実感しました。活動に理解をしてもらえ、送料を学校が負担してくれたこと、四国の他の団体・個人からもシューズが集まっていたこと、もし現地で受取がうまくいかなかった時の対処、現地JICAオフィスとの連絡、愛媛県青年海外協力隊を育てる会のバックアップ、取りまとめてくださった国際協力推進員の方など、たくさんの人の思いとともにシューズを送りました。微力ながら僕も、集まったシューズを生徒と手分けして洗浄したり、発送の手続きをするということで手伝わせていただきました。
この活動を通じて良かったことは、シューズを寄付できたことだけでなく、携わった生徒にとって良い経験ができたことです。

まず第一に、外国にも目を向け、自主的に協力するという姿勢になることができたことです。寄付の話は生徒に紹介はしたものの、ほとんど自発的に協力することを決めてくれ、僕は本当に補助として事務的な仕事をするだけでした。

そして第二に、生徒自身と外国の人たちとのつながりを、シューズを通じて実感できたことです。ラオスの人に関する情報は、現地隊員に送っていただいた数枚の写真だけでしたが、テレビやインターネットで外国の鮮明な映像を見るよりも濃く心に色づいたことでしょう。

また、学校主催の進路講演会の一環として、協力隊の経験を中学2・3年生の前で話す機会をもらいました。協力隊に参加するまでの自分の進路選択や、大事な人たちとの出会いを通じて、自分がどんな進路を選択して何を感じてきたかを話しました。それによって、出会いや環境から受ける影響が自分の進路を大きく変えるということを話しました。

若い世代に伝えたいこと

教員という仕事柄、若い世代に何かを伝える機会は多く持っているのですが、改めて僕がこれから進路選択をする若い世代に伝えるとしたら、心の中で繰り返した想いが現実につながるということです。

今振り返ると、子どものころに膨らませていた外国のイメージにほのかな憧れを持ち続けていたために、協力隊という選択肢が提示されたときに自然と決心できたのだと思いました。進路を決心するほどの拠りどころに育つかどうかは、実際に外国のことをどれだけ詳しく知っているかというよりは、何度心の中で繰り返し想い描いたかによってきまると思います。そういう想いが自分の人生にとっての正否の判断基準となります。

これから社会に出て正解のない選択を迫られる場面に出くわしたとき、正解を決めるのは自分自身であり、その判断基準となるのが、心の中で繰り返した想いだと思うのです。

今後の夢

勤務校での講演風景

僕が教員として、また一人の大人として目指したいのは、子どもたちへの新しい視点の提示です。実社会に出る前の限られた世界で身に付けた常識は、時に融通の利かない偏見となることがあります。そこで行き詰まることなく別の方法を見つけられるように、世の中にはいろいろな世界が合って、見方があって、価値観があって、人々がいて、可能性があるんだよということを、実感させられるような関わり方が重要だと思うのです。


僕自身は新しい視点の見つけ方を、美術と協力隊体験を通じて学ぶことができました。これからは、その美術と協力隊体験を通じてたくさん伝えることを目指していきたいと思います。