タンザニアで出会ったKaribuな人々[前編]

【写真】村上 野志夫さん(高知県出身)H22年度3次隊/タンザニア/理学療法士
村上 野志夫さん(高知県出身)

最初は慣れないスワヒリ語を使って仕事をすることの難しさを感じつつ、同僚や周りの人たちとの暮らしの中で、やがてスワヒリ語での会話ができるようになると、タンザニアのことをぐっと身近に感じることができたという村上さん。スワヒリ語の「Karibu」は、「ようこそ」「どうぞ」「どういたしまして」という多様な意味を持つ言葉ですが、村上さんが出会った「Karibu」精神にあふれた人々と、現地での活動について語ってくれました。前編では、タンザニアという国での暮らしと、タンザニアで出会った高知にゆかりのあるタンザニア人女性についてお伺いしました。

タンザニアでの暮らし

タンザニアの位置

陽気なタンザニアの子どもたち

ウガリ定食

タンザニアは日本から関西国際空港を出発し、ドバイで飛行機を乗り継ぎ、計約20時間。南半球の東アフリカに位置しています。人口は4300万人、国土は日本の2.5倍、公用語はスワヒリ語と英語、観光はヨーロッパ人のハワイと呼ばれるザンジバル島や野生動物がいる国立公園、アフリカ最高峰のキリマンジャロ山などがあります。

タンザニアの人々はとても陽気でフレンドリーで優しいです。そして挨拶をとても大切にしています。道行く人々に「Mambo vipi!?(調子どう?)」と声をかけると「Poa!(最高!)」という返事があり、この後2〜3回挨拶が続きます。知り合いの人と話をすると、話している間ずっと握手をしながら「最近どう?家はどう?目覚めはどう?生活はどう?」と立て続けに質問が続きます。また道行く人に道を尋ねると、とても親切に教えてくれたり、時には連れて行ってくれたりします。想像以上に優しく、フレンドリーで平和な人々がここには暮らしています。

食事はウガリ(トウモロコシの粉を練ったもの)、ワリ(ごはん)、マハラゲ(豆の煮もの)、ムチチャ(ホウレンソウみたいなもの)、ニャマヤンゴンベ(牛肉)、ニャマヤクク(鶏肉)、ムチューズィ(トマトのスープ)などがあります。けれど、スーパーもあり、醤油も売っているので、自分で調理したら日本の食事も作ることができます。

お昼は外で食べるので、だいたいウガリかワリにニャマとマハラゲ、ムチチャをつけて食べています。100円から200円程度です。

Karibu精神に触れて

ドドマの山にて

「Karibu」という言葉の意味は「ようこそ」「どうぞ」「どういたしまして」などなど。英語の「welcome」「You are welcome」と似ています。
タンザニアではどんな時でもKaribu精神に触れることができます。私がタンザニア人に自己紹介をすると「Karibu(ようこそ)」と言われます。ごはんを食べている人は食べていない人に「Karibu(どうぞ一緒に食べようよ)」。家を訪ねると「Karibu(いらっしゃい)」。「ありがとう」と言うと「Karibu(どういたしまして)」。何かにつけて「Karibu」と言います。そのため、人にものをもらったり、あげたりするのは当たり前。奉仕をするのも当たり前。僕の隣人がご飯を食べさせてくれるのもこのKaribu精神なのかな?とふと思っています。

現地での活動

ドドマの繁華街

ドドマ州立病院

リハビリのサポート

左からMtaloさん、Kassimさんと村上さん

私の任地であるタンザニアの首都・ドドマは沿岸部から西へ約450km、バスで約7時間のタンザニア中心部に位置する首都です。標高は約1100mなので朝晩は少し涼しく、沿岸部の蒸し暑いダルエスサラームに比べて気候的に過ごしやすいところです。1973年まではダルエスサラームが首都だったのですが、タンザニアの中心部に位置するため、東西南北へのアクセスがしやすいとの理由で遷都計画が立てられ、以来30年に渡って計画が進行中です。国会議事堂はドドマにあるのですが、主要な政府機関は未だほとんどがダルエスサラームにあり、まだまだ田舎の街であるため、ここドドマは名目上の首都と呼ばれています。

私が派遣されたのは、ドドマ州立病院の理学療法科でした。ドドマ州立病院は内科、外科、整形外科、産婦人科、眼科他がある総合病院で、ベッド数は約300床、1200名(医師:約30名、看護師:約400名)のスタッフが勤務しています。理学療法科には、タンザニア人理学療法士2人とアシスタントナースが1人います。

理学療法士はKassim(カッシム/40代後半・理学療法士26年目)、Mtalo(ムタロー/29歳・理学療法士4年目)、看護師のJustine(ジャスティーン/40歳代・看護師)、そして僕の4人で働いています。Kassimはチャーミングな体型と笑顔で患者さんにも大人気。ちなみにイスラム教徒で、お酒は飲まず、豚肉も食べません。Mtalo はキリマンジャロ山のふもと、モシ州出身のチャガ族。タンザニア人には珍しく、物静かで、真面目な仕事のできる男です。 Justine は僕と同時期に配属され、いつも「チャイ(お茶の休憩のこと)は飲んだか?」「最近食べてないから痩せたんじゃない?ちゃんと食べなさい!」と母親のように気にかけてくれます。そしてリハビリについても自分から学ぼうとしてくれます。

Chachaさんとの出会い

ムヒンビリ病院

Chachaさんと

隊員総会の時に、ダルエスサラームのムヒンビリ国立病院を見学したのですが、実はここには、昔、高知県の近森リハビリテーション病院で研修を受けていた、理学療法士のChacha(チャチャ)さんがいたのです!

事の始まりは2010年初頭、青年海外協力隊でタンザニアに行くことが決定し、職場に報告した時のこと。昔チャチャさんと言うタンザニア人女性が近森リハビリテーション病院に研修に来ていたと聞いたことからでした。広いタンザニア、当初は当てもなかったのですが、ある日ドドマ州立病院の同僚に何気なく、「Chachaさんを知っているか?」と聞いたところ「ムヒンビリ病院の理学療法科の課長だよ、日本に行ったことがあるらしいね」と驚きの返答!なんとタンザニアを代表する理学療法士だったのです。ダルエスサラームのムヒンビリ病院といえば、タンザニアで一番規模の大きな国立病院です。

これは是非ともお会いしたいと、隊員総会でダルエスサラームに行く機会に行ってきました。
Chachaさんは本当に気さくでおおらかな女性でした。会話の中では、近森病院のこと、高知県の地名や、カツオのタタキのこと、覚えている日本語などが飛び交い、僕としてもすごく楽しいひと時でした。また現在の近森病院の規模の大きさを話すと、大変驚かれていました。

ムヒンビリ病院には理学療法士が15人、作業療法士が4人とかなりの大所帯でした。タンザニア全土の理学療法士が2〜300人ほどであることを考えると、規模の大きさが分かります。チャチャさんは「いつでも遊びに来てください。」と言って下さり、本当に親切でした。



>>次回は、タンザニアで出会った人々と、2年間の活動についてお伺いします。