プロジェクト通信(第7号)ソロモン諸島国コミュニティ主体の沿岸資源管理・利用による生計向上のためのアドバイザー

2022年8月23日

飯沼光生(アイ・シー・ネット株式会社 シニアコンサルタント)

前号(第6号)をご報告してから、かなりの時間が経ちました。コロナ禍により2020年3月から2022年3月の約2年間との長期間、ソロモン諸島への専門家派遣は中断していました。色々な方々のご尽力を得まして、ようやく今年(2022年)4月からソロモン諸島での現地業務を再開いたしました。しかし、現地業務が再開できたとしても、現地のコロナ感染が収まった訳ではありません。2022年4月からの現地赴任のため、1月から入国手続きを始め、ようやく3月にソロモン諸島政府から入国許可を頂きました。また、実際に入国してから10日間の検疫隔離があり、ホテル部屋にじっと滞在して、最終日のPCR検査で陰性が証明されて、隔離を終えて職場である漁業省に復帰できました。外国人の入国だけでなく、ソロモン諸島の人たちも感染防止対策として、国内の移動が制限されたり、首都ホニアラ市の市中感染拡大のためホニアラ市がロックダインしたりしていました。漁業省のカウンターパートも自由に国内を移動できないため、私が緊急帰国した2020年3月以降、コミュニティ主体の沿岸資源管理(CBRM:Community-based Resource Management)の推進の現場活動は、ほとんど休止した状況が続いていました。
(7月以降、渡航制限は解かれ、事前入国許可の申請や入国後の検疫隔離は解除されています。2年半間続いた緊急事態宣言も7月24日に解除。)

本来であれば、このプロジェクトは2020年度で終了していたはずでした。しかし、コロナ禍による中断で、プロジェクト期間は大幅にずれ込むことになりました。JICA専門家の派遣だけでなく、漁業省職員による現場活動も休止していたことから、パイロット活動サイトはほとんどフォローを受けられず、対象コミュニティ自身の努力でCBRM活動の継続実施に取り組んでいました。遠隔地の沿岸コミュニティでは、コロナ禍で何が起きていたのかを、ここで述べていきたいと思います。

コロナ禍の沿岸コミュニティで何が起きていたか

コロナ感染が拡大する中、国内移動が制限されたため、離島部と都市部の間での人の行き来が長らく止まっていました。ソロモン諸島では、小型ボートで人や物資を同時に運んでいるので、人の行き来が止まると、都市から離島への物流も止まります。離島部のコミュニティでは、米、乾麺、ツナ缶などの都市部から運ばれてくる食材でも食生活を支えています。コロナ禍の期間中、こうした食材が運ばれて来なくなり、コミュニティの中では食料不足が起きました。特にツナ缶に依存していた動物タンパク質の摂取不足は深刻になり、沿岸域にある水産資源を収穫して補填するしかありません。

パイロット活動サイトであるガダルカナル州西部のティアロ湾では、コミュニティが湾内の前浜に海洋保護区(MPA:Marine Protected Area)を設定して、前浜での水産資源の保全・管理に努めていました。しかし、食料不足の緊急事態として、前浜のMPAを開放して、コミュニティ住民による魚や貝などの水産資源の自由な収穫を許可することになりました。当コミュニティでは、漁業省の指導の下、2017年からMPA管理による水産資源の保全に務めていたため、コミュニティの予想以上にMPA内には水産資源が蓄えられていました。コミュニティ住民はMPA内の水産資源を利用して、食糧不足に対応していました。

また、コミュニティでは、小型ボートで湾外に出向き、沖合で漁獲して、ソーラー冷蔵庫に漁獲魚を集めて保冷保存していました。コロナ禍前は漁獲魚を集荷して首都ホニアラで販売していました。しかし、移動制限のため、首都に運ぶ機会が限られているため、適宜、ソーラー冷蔵庫内の漁獲魚を住民たちで分け合っていたそうです。当初、ソーラー冷蔵庫は、長く保冷保存して漁獲魚の付加価値を高めたり、周辺地域に漁獲魚を販売したりと、CBRM活動に有効な生計向上活動として導入・設置されました。コロナ禍のような緊急事態には、ソーラー冷蔵庫はコミュニティ住民の食料安全にも貢献することが分かりました。

その他のパイロット活動として、現地NGOのカスタムガーデン(Kastom Garden Association)と連携して、未利用地を活用した裏庭栽培(バックヤードガーデニング)の指導も行ってきました。裏庭栽培での野菜や根菜などの農作物を周辺地域に販売して、CBRM活動を支えるミニ流通ルートを作ることを目指していました。今回のコロナ禍では大幅に流通が止まったため、農作物を首都ホニアラに送ることが難しくなりました。しかし、栽培された農作物はきちんとコミュニティで食されて、食料不足を補っただけでなく、カスタムガーデンが移植した多様な農作物を栽培・利用することで食事の多様化にも繋がりました。

このようなソーラー冷蔵庫の活用や裏庭栽培の普及指導に見られる生計向上活動は、水産資源の持続的管理を支える「支援方策」として取り組んだものですが、コロナ禍のような緊急時には、コミュニティの食料安全保障にも機能することも分かりました。コロナ禍の期間中は、漁業省からコミュニティに指導・支援できない状況が続きましたが、コミュニティ自身が今までのパイロット活動の経験で学んだことを活かして、別の角度でのCBRMの有効性を実証して頂いたと考えています。

ポストコロナ禍としてのCBRMの取り組み

上記で説明しましたコロナ禍でのCBRMの取り組み状況は、今年5月にようやく実施できたティアロ湾でのパイロット活動のインパクト調査で明らかになりました。それまでは、漁業省カウンターパートもコミュニティで何が起きていたのかを把握できておらず、コミュニティ関係者の率直な意見は今後に向けた貴重な参考情報になります。

しかしながら、海洋保護区(MPA)内の水産資源管理に尽力していたティアロ湾資源管理委員会は、緊急事態とはいえ、MPAを開放して、住民が自由に水産資源を収穫できることになってしまい、5月の訪問時には、コミュニティメンバーが漁業省と共同で積み上げてきたCBRM活動の意義を見失っていました。一度、長期間に亘り開放されたMPAを再度、資源管理委員会が主導して元の管理状態に戻すのは、なかなか容易でありません。資源管理委員会のメンバーは長い管理活動の停止からやる気を失ってしまい、コミュニティ住民の中には委員会メンバーを一新しないと元の状況には戻せないのではという意見もありました。

2020年3月に緊急帰国する直前に、ティアロ湾資源管理委員会のリーダー、トム・ソテレ氏にホニアラの漁業省に出向いて頂き、カウンターパートと一緒に、今後のティアロ湾でのCBRM活動について議論しました。その際に、しばらくJICA・漁業省の現場フォローが中断したとしても、コミュニティ自身で漁獲・収穫管理などのMPA管理を継続することを確認していました。そのため、コミュニティ内での食料不足という緊急事態とはいえ、資源管理委員会として、漁業省と築いてきたMPA管理のルールや実施を遵守・継続するように説明して、全面的なMPAの開放には反対していました。結果的には資源管理委員会の決定ではなく、コミュニティ全体の判断としてMPAは全面的に開放されてしまい、その対立のわだかまりは長らくコミュニティ内に残ってしまいました。当時は、まさかコロナ禍による中断がこんなにも長くなるとは考えておらず、資源管理委員会のメンバーには余計な負担を掛けてしまったと反省しています。

5月のティアロ湾の現場活動では、上述したインパクト調査と併せて、CBRM活動の再開に向けたコミュニティ関係者と資源管理計画を再検討するワークショップを開催しました。この管理計画策定ワークショップは、漁業省カウンターパートが今までの経験から企画・準備して、ティアロ湾の現場で実施しました。その際に、コミュニティ内の連絡や調整は、資源管理委員会のメンバーに対応して頂きました。2年間近くも現場のCBRM活動は休止状態であったのですが、資源管理委員会のメンバーはコロナ禍前と同じように積極的に2日間のワークショップに取り組んで頂きました。この委員会メンバーの積極的な態度や姿勢を見て、コミュニティ住民からの委員会メンバーを批判する意見が減り、現行メンバーにもう一度託してみようという意見が出てきました。

また、長いコロナ禍でCBRM活動は停滞してしまい、MPA内の水産資源がまた以前のように減ってしまったことを、多くのティアロ湾の住民は懸念していました。CBRM活動による資源回復効果は高いと理解しており、コミュニティ全体としてCBRM活動を再開する意向を確認できました。次回8月以降のティアロ湾での現場活動では、漁業省と共同でCBRM活動の再開に向けたフォローアップを実施する予定です。

このようなコミュニティ主体とした取り組みは、人間関係や慣習・制度などのコミュニティ内部の要因と、予期せぬ新型コロナ感染症の拡大やインフラ整備などのコミュニティ外部の要因が複雑に絡み合い、前にも大きく進みますし、後ろにも大きく下がります。コロナ禍での長期中断は、活動の進捗では大きく後退しましたが、パイロット活動としての新しい発見や学びがありました。実は、現地業務の再開にあたっては不安がありましたが、前向きなコミュニティの意識に触れて、ようやくポジティブに捉えられるようになりました。コロナ禍に直面したからこそ得られた、新しい発見や学びを活かしながら、今後のCBRM推進の方針作りに取り組むように意識を切り替えています。

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パイロットサイトのティアロ湾。湾内のリーフ域を海洋保護区(MPA)として水産資源の保全・管理に努めている。陸路はないため、ホニアラからボートで3時間移動する。

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最初に飯沼専門家からコミュニティ関係者にCBRM活動のインパクト調査と資源管理計画策定ワークショップの目的や内容などを説明した。

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日中の日差しが強いため、涼しい海辺の木陰の下で、コミュニティ関係者とのワークショップを行った。ワークショップと平行してインパクト調査の聞き取りを行った。

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テーマごとにグループに分かれて資源管理計画の内容を議論した。漁業省カウンターパートは、ファシリテーターとして参加者の意見を引き出していった。

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グループ討論で出た意見を模造紙に書き出し、参加者全員に発表した。こうした討論・発表を繰り返して、参加者の同意を得ながら、資源管理計画案の内容を取りまとめていった。

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ワークショップ最終日の参加者との全体写真。約30~40名のコミュニティ関係者が連日参加して頂いた。