「スポーツ大会で勇気をもらった」避難民の若者、新生活をスタート

2018年7月6日

不安定な情勢が続く南スーダンでは、2018年5月現在、約180万人が国内避難民となっています。首都ジュバには、避難民が集まり、テント生活を送る場所(避難民居住地)が複数あります。

2018年1月~2月、南スーダン政府が主催した第3回「国民結束の日」スポーツ大会(NUD)には、全国から各地域を代表する選手が参加しましたが、中には、ジュバで避難民としてテント生活を送る若者からチームを編成した地域もありました。政府軍と反政府軍の衝突の前線となってきたユニティー地域はそのひとつでした。

大会後、ユニティー地域を代表した選手の数名が、避難民居住地を去り、ジュバ市内で新生活を始めたという報告がありました。これを受け、スポーツ大会を主催した青年・文化・スポーツ省と、同事業に協力するJICAの担当者は、同地域を代表したサッカー選手5人に話を聞きました。以下、それぞれの体験談です。

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取材に応じたベンティウ・チームのサッカー選手(サッカーシャツ着用)と、
青年・文化・スポーツ省、州政府、JICA担当者

クル・ガトエイさん(19歳、ストライカー)

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私はジュバ市内のマンガテン避難民居住地で暮らしていましたが、スポーツ大会後、市中の父親宅に移りました。大会前は、町は危ないと思っていましたが、大会に参加するため避難民居住地の外に出てみると、皆が普通の暮らしをしていました。大会中、ジュバ中心部にある合宿所で他チームの若者たちと一緒に生活した結果、ジュバは安全と感じました。それで、避難民居住地を出ることを決めました。

大会中、多くの友人ができました。今でも電話をしたり、会ったりします。大会のおかげで大勢の人々に出会うことができました。この大会を毎年続けて欲しいと思います。この大会は、避難民居住地に住む我々が、外の世界と交流するきっかけをくれました。大会を続ければ、避難民生活を止め、普通の生活を再開する勇気を持てる人がもっとでてくるのではないでしょうか。

ブアイ・スティーブンさん(19歳、ストライカー)

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私はウガンダのブウェヤレ難民キャンプにおり、その後、ジュバで国連保護下の避難民居住区「POC」で暮らしていました。

大会参加後、サッカークラブ「アル・エティハッド」の二軍メンバーになりました。それで、POCでの避難生活をやめ、市中で普通の生活を始めることを決めました。

ウガンダからPOCに移った当初、周囲から、POCを出れば逮捕されると聞いていましたが、大会のため市中に滞在する間、何も悪いことは起こりませんでした。それで、市中に生活しても安全だと感じました。今は、サッカークラブでいろいろな人たちと一緒にサッカーをしていますが、何の問題もなく、恐怖心も感じていません。

POCの人たちに対しては、外の世界に出ていくよう勧めたいです。大会後、POCと市中の若者とのサッカーの試合を企画しました。この試合でPOCと外部の人たちとの交流が実現しました。POCの長老も、今では我々がPOCの外に出ることに賛同してくれています。

大会を通じ、参加者がもっと多くの友人をつくることができるよう、大会の期間を1か月に伸ばせればよいのに、と思います。南スーダン人に対し、互いに許しあい平和を大切にするよう呼びかけたいです。

リエップ・パジェックさん(17歳、ミッドフィルダー)

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私は今もPOCに住んでいます。大会後、市中に住みたいと思いましたが、他に住む場所がありません。町の状況は、POCの中で言われている程悪くないと思っています。

大会で国中に友人ができました。POCの仲間や周囲の人たちには、我々ユニティー地域の代表チームが大会で歓迎されたことや、人々が友好的だったことを話しています。仲間には、町を見に行き、ジュバの平穏な状況を感じて欲しいと思っています。

私はサッカークラブ「アル・ニル」の2軍メンバーになりました。色々な人たちとプレーしています。

ルック・メット・ガトクットさん(18歳、ミッドフィルダー)

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私は大会後POCを出て市中に住み、大学に通っています。POCを出ることができたのは、大会参加を契機にジュバが安全だと感じたからです。

大会までは、他地域出身の知人はいませんでしたが、今は国中に友人ができました。以前はPOCから外にでること、特に兵士に出くわすことに恐怖心がありました。しかし、大会期間中、武装した治安部隊が我々の宿舎や会場をガードしてくれ、治安部隊の人々は友好的だと感じました。

POCの人たちには、外の世界を見て欲しいです。また、この大会は続けて欲しいです。大会を通じ、南スーダン人同士の交流を深めることができるからです。

タバン・ジョンソンさん(19歳、守備)

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2013年の事件で私はケニアに逃れましたが、2016年、ジュバに戻りました。しかし、同年7月の騒擾を受け、POCに避難しました。

大会に誘われた時、POCの外でサッカーの試合に出場するように言われました。POCを出れば殺されると聞いていたので、リスクがあると思いました。しかし、大会を経て、ジュバは危険という恐怖心が消え、POC外での生活は安全だと自信を持ちました。そこで、今は市中に住み、通学しています。

家族や周囲の人たちには、町を見て、滞在してみるよう勧めています。大会後、我々大会参加者の体験を聞き、POCを去り町に戻る人たちも出てきているのではないかと思っています。

この体験談から、避難民として生活する人々の多くが、自らの生まれが原因で身の危険を感じていることや、外の世界への不信感が根深いことが伝わってきます。他方、大会をきっかけに、ジュバ市中で暮らしても安全であると心から感じ、避難民生活に終止符を打ち、新しい生活をスタートさせた若者たちがいました。学校に通い始めた若者や、サッカークラブに所属しスポーツ選手としての更なる可能性を切り開いた若者もいました。スポーツが平和と和解の促進に貢献できると信じる我々関係者にとり、嬉しく、勇気づけられる報告です。南スーダンの若者たちが希望を持てる社会の実現のために協力を続けていきます。