ウガンダの農家を変えた携帯電話

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JICA研究所が主催した分科会の様子(写真手前が武藤研究員)

開発経済に関する世界銀行年次会合(Annual Bank Conference on Development Economics:ABCDE会合)は、世界銀行の主催で開発分野の研究者や政府関係者などが集まり、最新の研究について活発な議論が交わされる場だ。今年は「東アジアの開発経験と金融危機」のテーマを掲げ、6月22日から24日にかけて韓国・ソウルで韓国政府との共催で開催された。

この会合に参加したJICA研究所の武藤めぐみ研究員は、「携帯電話がアフリカの農家の市場参加に与える影響」と題した研究を分科会で発表。ICT(Information Communication Technology:情報通信技術)と貧困削減の関係に世界的な関心が集まる中、この発表は聴衆の関心を集めた。またこの論文は、開発に関する国際的な学術誌『World Development』にも掲載された。

今回発表した研究を中心に、武藤研究員に国際的な開発課題と研究テーマの選び方などについて聞いた。

—今回のABCDE会合ではどのような活動をされたのでしょうか。

JICA研究所は、“Natural Shocks, Household/ Firm Behaviour, and Policy Responses(自然/人的災害に対する家計や企業の行動と政策的示唆)”と、“ICT Innovation in Africa(アフリカのICT革命)”という二つの分科会を主催しました。アフリカの開発は国際的に極めて重要な課題であり、他方で開発において携帯電話などICTの果たす役割が非常に脚光を浴びています。そこで、ICTがアフリカでどのような貧困削減効果をもたらしているかというテーマについて、最新の研究を議論する場としてICTとアフリカの分科会を企画し、主催者側の選考プロセスで採択されました。

—発表した論文“The Impact of Mobile Phone Coverage Expansion on Market Participation: Panel Data Evidence from Uganda(携帯電話がアフリカの農家の市場参加に与える影響:ウガンダのパネルデータより)”について教えてください。

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ABCDE会合分科会で発表する武藤研究員

アフリカでは携帯電話の普及が急激に進み、アフリカ全体で携帯電話保有率は2003年〜2007年の間に4倍以上になったといわれています。この研究はこれだけ普及した携帯電話が、貧困削減にどう影響したかを見ようとするものです。

アフリカの農家は自給自足のため、なかなか市場経済に参入しないといわれていました。しかし、携帯電話によって情報が普及すれば、生鮮食料品の分野で市場参加しやすくなるのではないかというのがこの研究の着目点です。

研究対象のウガンダでは、携帯電話の電波が届く地域の率が2003年の4割から、2005年には9割に拡大しました。そこで、新規に携帯電話が使えるようになった地域で、農家の市場参加率がどう変わったかを調査しました(注1)。900近くの家計データを用い、統計的手法で分析しています。

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町でバナナ(マトケ)を売る人々。ウガンダ。(写真:増田学/青年海外協力隊)

ウガンダの人々は、緑色のバナナ「マトケ」(注2)やメイズ(注3)を主食にしています。携帯電話の電波が届く前の2003年と電波が届くようになった後の2005年を比べると、バナナ(マトケ)の買い取り価格が上昇し、特に町の中心から離れたところの農家のバナナほど、価格が大幅に上がりました。一方でメイズは乾燥保存できることもあり、バナナのような価格変化はみられませんでした。

注1:ウガンダの携帯電話普及は、まだ日本のように全員が持っている状況ではない。開発途上国では、携帯電話のハンドセットとSIMカード(Subscriber Indentity Module:携帯電話の情報が記録されたカード)を別々に購入し、一つのハンドセットを共有し、個人のSIMカードを入れ替えて使うなど、「1ハンドセットに対し、1ユーザー」ではない使われ方をしているという。

注2:ウガンダの主食の一つで、緑色のバナナをつぶしてマッシュポテト状にして食べる。

注3:主食の一つであるトウモロコシ。

携帯電話の電波が届くようになってから、二つの変化があったといえます。一つは農家側の変化で、村に数台ある携帯電話で情報を得てバナナの適正な価格が分かるようになり、仲買人の言う買い取り価格が妥当なものかを判断できるようになりました。二つ目は、仲買人側の時間とコストの削減です。仲買人はそれまで遠方にバナナの買い付けに行くと、トラックの荷台がバナナで一杯になるまで待たねばならず、その間に品質も落ちていました。買い付けに行く前に携帯電話で連絡できるようになると、待ち時間がかなり節約され、コストが削減されました。

分析をしていて嬉しかったのは、町から離れた場所に住み、特に規模が小さい農家で所得が上昇したということです。以前から商人を通じてバナナを卸すルートを確立していた大農家には影響がありませんでした。ここがまさに携帯電話の貧困削減効果です。

−この研究のきっかけになったことを教えてください。

インフラがどのようにアフリカで効果を発揮するかについてアイデアを温めていたころ、2006年のABCDE会合(「開発とインフラ」をテーマに東京で開催)で藤田昌久氏(日本貿易振興機構アジア経済研究所所長:当時)が発表された「ブランド農業」の概念に大きな影響を受けました。そこでは、「葉っぱビジネス」で知られる徳島県上勝町が取り上げられました。料理の皿に添える彩りとして、料亭などに葉っぱを売る、高齢化が進む山間の町ですが、コンピューターなどのICTを活用し、陸路と空路をうまく組み合わせ、短時間で築地まで品物を届けています。流通がうまくいくと、遠隔地でも所得を上げることができるという例です。

これをきっかけに、「情報」と「道路」をキーワードに貧困削減の研究の題材になるものをアフリカで探そうと考え、農業経済の先生方(政策研究大学院、財団法人国際開発高等教育機構の山野峰教授ほか)とウガンダの農村調査に行きました。特にルワンダ国境近くの農村を訪ねたとき、村の奥に真新しい携帯電話の鉄塔(電波基地局)が立っているのが目立ちました。

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塊のバナナ(マトケ)を二人がかりで運ぶ様子。ウガンダ。(写真:船尾修/JICA)

一方で、大きなバナナの塊を肩に載せて、道の横まで運ぶ人々も見かけました。木になっているバナナはとても大きくて重いのです。町の周辺では、小規模農家と思われる人々が自転車でバナナをやっとのことで運んできて売っており、夕方近くになると(売れ残った物を)「値段はいいから持って行け」と道行く人々に声をかけていました。

そういった光景を目にする傍らで、携帯電話の新しい電波塔がある。これは流通が良くなるのでは、と直感しました。農業経済が専門の人なら電波塔は見ないですし、インフラが専門の人ならバナナ農家の苦労を見には行くことはないでしょう。研究分野が違う人たちと現地調査に行ったからこそ、この着想を得ることができました。

丁度その頃、開発におけるインフラの役割の見直しの論調が国際的に出ており、その流れの中で情報通信インフラの貧困削減における役割を表現したい思いで論文を書き始めました。基礎となっているのは、以前、途上国で駐在員として勤務したときに、運輸通信や農業や教育など、異なる分野の円借款案件を担当した経験です。OJT(職場内研修)でそれぞれの分野について基本的なことは叩き込まれていたので、各分野がどう融合して効果を生み出すかを感じる素質が、現場で鍛えられていました。

−研究業務を担う職員として、途上国の研究を目指す人へのアドバイスを聞かせてください。

「自分の分野はこれ」と固執せず、いろいろな分野の知識を吸収することで、新しい価値が生まれるということをぜひ知っていただきたい。私も在外に駐在したとき、最初は自分の専門は一体何だろうと自問自答しながら、鉄道、港、電話網など運輸通信系のインフラ、農地改革、初・中・高等教育などさまざまなプロジェクトを担当し、一見関係ない分野が現場でつながっているということに気付き、それからは仕事が格段に面白くなりました。研究テーマを選ぶ上でこれが原体験になっており、JICAのような職場ならではの貴重な経験です。

さらに忘れてはいけないのは、研究は、マーケットでモノを売ることに似ているということです。ただ単に分析を見せるのではなく、経済協力開発機構(OECD)やIMF世銀などの国際場裏(マーケット)でどんな議論が行われ、どのような知的公共財(研究)が必要とされるかということにアンテナを張る必要があります。また、JICA業務の長所についても、反省して変えなければならない短所についても、サイエンスを使いながら客観的な分析を提供しなければなりません。質の高い知的生産を行い、積極的に国際発信し、ひいては日本のODAを良くする、ということが研究業務の役割だといえます。

<プロフィール>
武藤めぐみ(むとうめぐみ)
慶応義塾大学卒業後、米国プリンストン大学で修士、政策研究院大学院大学で博士。JBIC開発金融研究所主任研究員を経て、2008年10月よりJICA研究所研究員。
研究分野は開発ミクロ経済学(家計や企業の行動とインフラとの関係)。
(主な著作物、英語)
  • M. Muto and T. Yamano (2009) “The impact of mobile phone coverage expansion on market participation: panel data evidence from Uganda,” in World Development
  • F. Yamauchi, M. Muto, R. Dewina and S. Sumaryanto (2009) “Spatial networks, incentives and the dynamics of village economy: evidence from Indonesia” in Reshaping Economic Geography in East Asia, ed. Y. Huang and A. Magnoli, The World Bank
  • M.Muto (2007) “Social capacity for infrastructure management” in Effective Environmental Management in Developing Countries, ed. S. Matsuoka, Palgrave Macmillan

文責:広報室広報デスク 相原理歩