山田順一JICA中東・欧州部長に聞く

アジアの経験は中東でこそ生きる

チュニジアでの政変が発端となり揺れる中東。JICAとして日本として、今後中東地域にどうコミットすべきか、JICA中東・欧州部山田順一部長に鈴木規子広報室長が聞いた。

―今回のチュニジアの「ジャスミン革命」、エジプトの政変、これらの事態を想定していましたか。

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「事態進行のスピードは想定外だった」と言う山田部長

今回の政変の要因として、若年層の失業率の高さが挙げられます。チュニジアで高等教育を受けた人口は34パーセント、エジプトでも28パーセントと、国民の3分の1近くに達しています。一方、若年層の失業率はチュニジアで30パーセント、エジプトで23パーセントです。高学歴だけれども職がない若者が多数存在していた。一方で報道の自由度は、チュニジアは178ヵ国中164位、エジプトが127位(注)で、両国とも言論が厳しく統制されていました。教育を受けているが仕事がなくて、ただでさえ不満がある多数の人間が、報道の自由がないので不満を訴えられずに抑圧されていた、という状況です。不満のマグマが相当たまっていたというのが事実だと思います。

(注)国境なき記者団「世界報道自由度ランキング」(2010年版)による。

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「普通の民衆が社会的矛盾解決のために立ち上がったところに新たな中東のうねりを感じる」と言う鈴木室長

チュニジアのジャスミン革命のきっかけは、大学を卒業したけれど職がなくて路上で野菜を売っていた若者が、警官に「ここで野菜を売ってはいけない」と、野菜と商売道具を没収されたことに怒って焼身自殺したことだといわれています。そのことに同情した人間が相当いたわけです。

両国とも、社会的な矛盾、ミスマッチを抱えていたことは事実なので、それがこれだけのスピードでこんなに大がかりに表に出るということは想定外でしたが、その要因については意外ではありませんでした。

―やはりフェイスブックとかツイッターとか、ソーシャルメディアの力はあったんでしょうか。

そうですね。ソーシャルメディアがなかった昔であれば、口コミでデモが広がって、多少時間はかかったと思いますが、なんらかの不満はあったわけですから、同様の事態は起こり得たのではないかと思います。しかし、チュニジアからエジプトに飛び火したことについては、まさにソーシャルメディアの力だと思います。

飛び火があり得るかもしれないけれども、エジプトはムバラク大統領が軍をしっかり抑えているし、報道についても、現地の新聞に与党の批判記事が掲載されていましたから、自由は若干あった。ですから、1月14日のチュニジアのベン・アリ大統領の亡命直後は、その二つのことから、「エジプトはチュニジアのようにはならない」と誰しも言っていましたね。

―次はアルジェリアなどが危ないのではという予測も出てきていますが、まだまだこの状況は広がっていくのでしょうか。

アルジェリアも若年失業者が24パーセント、報道の自由度でいうと133位で、エジプトとチュニジアの中間くらいですから、不安定な要因はありますね。また、その他の中東の国も状況は似通っていますので、飛び火があっても不思議ではありません。

人材と雇用のミスマッチを解消するには

―チュニジア、エジプトにしても、ここまで高学歴層が増えてきたにもかかわらず、雇用の受け皿がなかったということですよね。所得構造から見ると、特にチュニジアは中進国に近づいていますが、なぜこういういびつな形で成長してしまったんでしょうか。

エジプトは、ナセル元大統領時代の社会主義の影響があると思います。社会主義下では、大学卒業者に対して政府機関での雇用を約束しており、大学は公務員になるためのシステムの一部だったんです。その後経済は自由化されたけれど、そうしたシステムだけは綿々と続いています。現在でも雇用保障プログラムが存在し、大卒者は公務員になるためのウエイティングリストに載りはしますが、公務員になれなければ実態は失業状態であるということです。チュニジアでも公務員は大卒者の受け皿として長らく機能してきましたが、その容量は限界にきていました。

―そうしたシステムの中で生産されていった高学歴の若者がいるのに、経済が自由化されてもその人たちを吸収できるだけの産業が追いついていかなかったということですね。

そうですね。エジプトはいまだに人口増加率が1.8パーセントで、この20年で人口が倍増しています。年間70万人が労働市場に出ていく中で、70万人分の仕事を毎年新規につくっていくのは至難の業ですよ。

―その中でJICAは中東に対してこれまで、雇用対策とともに雇用を生み出すようなプロジェクトもやってきていますが、現在エジプトやチュニジアでどのような支援が動いているのでしょうか。

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JICAの研修で来日したテクノパーク関係者と円借款で博士課程に留学中の若手研究者が筑波大学で交流

産業育成という点では、エジプトで「社会開発基金」に2002年から計90億円の円借款を供与し、零細企業の育成と活動支援をしています。それによって3万8,000人分の雇用を創出しました。

人材育成でいうと、エジプトではエジプト日本科学技術大学(E-JUST)が有名です。2010年から始まり、すでに50人の大学院生が入学しています。この大学は日本の「産学共同」を目指しており、彼らは全員、一般企業や国の奨学金を得て学んでいます。また、大学運営に産業界の方にもかかわってもらっています。

チュニジアでは、大学都市、研究センター、工業団地の三つのエリアで構成されるボルジュ・セドリア・テクノパークに対し、円借款と技術協力プロジェクトで支援しています。科学技術分野の若手研究員29人が日本に留学して博士号を取得中です。この3月に卒業しますが、帰国後はテクノパークの研究センターに全員就職できる手はずを整えています。JICAとしては人材育成をやるとともに、卒業後の進路・雇用を確保した協力を実施しています。

人材さえ育てば産業が自動的に湧いてくるのかというと、そうではない。そこに時間差があったりしますので。

その点アジアは非常にうまくいきました。タイ、インドネシア、マレーシアなどJICAも当時のOECF(海外経済協力基金。国際協力銀行・JBICの前身)も人材育成をやりましたが、その後日本の企業が進出して、研究機関や、工場で工員を監督するエンジニアのような形でそれらの人材を相当吸収しました。しかし残念ながら中東の国は、現在まで日本の企業や欧米の企業が積極的に進出する方向にはありません。

―日本の企業はちょっと距離があって進出してないかもしれませんが、欧米も進出していないというのは驚きですね。

日本が円高になった80年代に、日本企業が一斉に海外に進出しましたが、あんな勢いではないですね。また、EU自体が東欧や南欧に広がっており、中東に進出する前に、陸続きで関税もかからないそうした国に投資がいってしまう側面もあります。

―EUの広がりは大きいですよね。労働力は圏内で得られますからね。

EUは圏内でやっていますし、足元だけを見ると、今EUは非常に景気がよくないですから投資欲も冷めていますね。

―そうなると、中東は自前の産業を育成していかないと今後立ちいかないということになってしまうと思うのですが。

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山田部長によると、1970〜80年代に建設された日本のプラントや工場が今もって稼働していることも、日本への期待につながっているという

手っ取り早いのは外資を導入することなのですが、それとともに、中東全体で4億人という相当な人口規模、すなわち市場があります。しかも若年層が多いですから、国の勢いはまだまだあります。ですから内需を見越した産業を育成していくことが重要だと思いますね。たとえば日本企業のユニチャームは、中東で売り上げを伸ばしていますが、その主力は赤ちゃん用の紙おむつです。人口増加率は引き続き高いので、今後とも大きな需要が見込めます。

求められる日本のコミットメント

―JICAで人材育成と雇用をパッケージにしたような協力とか、産業育成のような円借款もやってきていますが、JICAとして今後協力の比重を変えていく必要はありますか。

まず、この地域における日本は、いい意味で特殊な位置にあるんです。英仏はパレスチナ問題、ドイツはユダヤ人の問題、アメリカはイスラエルとの関係があって、先進国で唯一しがらみを背負わずふるまえるのは日本です。中東の人々も日本になんとかしてほしいと思っています。2番目に、トヨタ、ソニー、パナソニックなど、日本の製品が相当入っています。それらが非常に優秀で、彼らの頭の中には、こんなに優秀な製品を作る国民はすばらしいに違いないというイメージがあります。3番目にJICAはじめ日本は、この地域の支援を地道に実施してきています。このことからして、日本に対する中東の期待は非常に高いと思っています。

―日本への期待も高いですし、日本も信頼関係に裏付けられた中東との関係強化を図っていかなくてはいけないということですね。

彼らも日本からの支援を望んでいます。まず、最初は政治的なコミットメントでかまいません。チュニジア、エジプトの政府も、日本に「支援する」ということをまず発言してほしいと思っています。私はここから始めるべきだと思います。日本が「民主化とそれを目指す政府を支援する」と言うだけで彼らは非常に勇気づけられるんです。

2番目には資金。まず、即効性のある雇用創出にすぐに使えるような資金がほしいということはよく言われます。JICA・日本政府はこの5年間で中東に無償資金協力で9,000億円、円借款で6,000億円を供与しています。それを使って、より雇用に結びつくような支援をしていけば、彼らの期待に十分応えられると思っています。

―より雇用に結びつく、即効性のある支援というのは具体的にはどういうことでしょうか。

長期的に最も望ましいのは産業育成です。まずは外資の導入を積極的に行うための投資環境整備が必要です。また、その先の内需向け産業の拡大だと思います。しかしそれには時間がかかる。その間は労働集約的な土木工事などの公共事業でつなぐ。大卒者に対しての支援としては、IT産業が雇用吸収力が高い。チュニジアではヨーロッパのコールセンターを入れたりしています。大卒の割合が高く、今回の革命でもフェイスブックなどを使っているように、中東の人たちはITには相当強いですよ。公共事業と並んで、もう一つの柱になるのではないかと思いますね。

たとえば、チュニジアでは、フランスの支援でIT産業を対象とした産業団地をつくっていますが、そこはもう満杯になっています。同じようなやり方ができると思います。

―エジプトはいかがですか。チュニジアと比べて人口は多いし国土も広大ですよね。チュニジアとは違う切り口があると思うのですが。

エジプトは、人口も8,000万人と多く、人口増加率も高い。まだまだ若年層が多いということで、この国こそ、外資導入に合わせ内需産業の育成がないとやっていけないと思っています。そのためにはいろいろな手がありますが、一つは農業。JICAは無償資金協力でナイル川の堰を造り灌漑農業を活性化したり、農業技術面の協力を行ったりしています。人口増に備えて食料増産は必要ですし、雇用創出という面からも、農業はまだまだ振興すべき産業なんじゃないかと思います。

―エジプトで日系の工場の操業再開などが報道されていますが、今後中東地域に日系企業が入る余地はあるのでしょうか。

中東は中国などと比べて人件費がさほど安くありません。なぜかというと、食料を輸入している国が多いためで、食料品が関税のかかった国際価格になると、それに合わせて人件費も高くなりますからね。それを考えると、エジプトが労働集約的な産業にどこまで外資を取り込めるのかという疑問はありますね。

―逆に高学歴の方が多いということは、労働集約的でない中堅技術者としての層を求めた進出があり得るのでは。

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老朽化したエジプト考古学博物館に代わる新博物館建設をJICAは円借款で支援。完成済みの付属保存修復センター内のミイラ修復ラボ。両国関係者は政変による考古学博物館への影響に胸を痛めている

逆にそうしていかないといけませんね。国際機関などでも今後の中東支援はどうするのかという検討が行われています。一般的な開発途上国であれば一般労働者対象に、いわゆる雇用の創出、公共事業的なことを拡大していけばいいのですが、中東では技能労働者に対する支援をいかにやっていくかということが非常に重要な視点です。今回の事態を受けて、技能労働者と一般労働者両方に対する支援が必要だということになると考えています。

成長戦略の市場としての可能性

―日本にとって中東地域はどう位置付けてコミットしていくべきなんでしょうか。

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「中東との信頼関係をしっかり今後につないでいきたい」と鈴木室長

一般の方から見ると「中東は遠い地域だ」という見方があるかもしれませんが、今回の出来事で、スエズ運河が閉鎖されたらと、ヨーロッパ企業を中心に株価に動揺が走りました。石油も問題になるので、北海産ブレンド原油の価格が1バレルあたり100ドルを超えました。その余波が日本にもあるわけです。だから中東の問題というのは世界経済に直結しているという認識が必要だと思います。

それから私は、中東は日本の成長戦略に結び付けていける地域だと思っています。

イラクがいい例です。イラクは世界第3位の石油埋蔵国で、このたび日本の企業がガラフ油田の権益を確保しました。JICAは円借款で石油輸出施設などを建設していることからイラクの石油省とつながりがありますから、石油省の大臣が来日した際に日本企業につないだりということをやっているんです。このように石油の権益を成長戦略として結び付けられる。また、イラクの円借款にSTEP(日本の技術を用いて行う事業)を適用できないかと検討中です。このように、プラント輸出なり石油の権益ということでは十分成長戦略の市場となれるということが一つ。

二つ目に若年層の人口が多いですから、勢いがあるわけです。そこをターゲットにした産業を投入する。先ほどユニチャームの例を挙げましたが、トヨタなども、中東の大家族主義の中で大人数で一緒に移動できる大型の四輪駆動車に相当の需要があると見込んで進出しています。

こんなふうに、まだまだ市場としては拡大する余地がありますね。私はぜひとも日本の企業に、東南アジアと共に、中東を成長戦略の市場として位置付けてほしいと思います。

―JICAとしてもいろんな形で日系企業と中東を結びつける役割が果たせると思うのですが、直接的な支援としては、公共事業への投資とかITとか、民間が出ていきやすい環境整備というのは、これからもやっていかなければとお考えですか。

まず、ビジネス環境を民間企業が投資しやすいようにしていく必要がありますが、そのための政策支援借款などを、世界銀行などの国際機関と一緒に実施すること。それとともに、政策を作成するための技術支援をJICAが行うことです。たとえば、投資法整備の専門家を派遣する、投資認可機関の能力強化のために職員向けの研修を日本で行うなどです。また、中小企業へのアドバイザー制度づくりを技術協力で支援する。すでにトルコなどで実施していますが、日本はこの分野の蓄積が非常に豊富ですから。

政策づくりの体制を整えるために円借款を活用し、実際の政策づくりは技術協力で支援していく。JICAはそうした両輪の支援ができると考えています。

アジアの経験を中東に

―アジアでも、投資法など法体系の整備や中小企業診断士育成などのソフト面に加えて、資金の面での政策金融的な支援をかなりやってきているのですが、まさにそれと同じようなことが中東にも必要になってくるということですね。

ええ、よく「アジアの経験をアフリカに」といわれますが、その前に、中東はアフリカよりも日本に近い面がありますから、私はアジアで培った経験は中東でこそ役に立つのではないかと考えています。

欧米は口頭で「何億ドル」と金額をコミットして、実際は何もやらなかったりすることもある。しかし、日本は違う。やるといったらやります。こんな国は日本だけですよ。
確かにまじめすぎて遅いという悪い面もあるのですが、中東においてはそこが逆に信頼されているところでもあるので、そのよさは失わずに、しっかりやっていけばいいと思います。

それから、別の意味でJICAの役割は非常に大きいんです。青年海外協力隊のノウハウを中東に持っていくというアイデアがあります。たとえばチュニジアで青年協力隊をつくって、中東の開発の遅れた地域やサブサハラ・アフリカで活動してもらう。雇用対策とともに、技能労働者に実地の経験を積ませるという意味で非常に役に立つんです。実はチュニジア側からも協力隊のノウハウを教えてほしいとすでに依頼がありました。それと現地でNGOをつくるようなノウハウを、JICAあるいは日本のNGOが伝える。NGOとしてエジプトやチュニジアの若者を動員して、自国の地方部の開発に導入するとか、中東の他の途上国に導入するとかのアイデアもあります。

中東地域での貧困対策活動が宗教色が強いものが主流な中で、協力隊やNGOの育成は、別な意味でも社会の成熟につながってくる協力だと考えています。

―今回の一連の出来事は、政変ではあるのですが、軍事クーデターなどでもなく、民主的な動きというプラスのイメージがあると思います。これまで中東といえばイラクやパレスチナが注目され、エジプトやチュニジアがこれだけ新聞の一面をにぎわすことはなかったのではないでしょうか。この後、いい形で政権が移行するなり、民主的な選挙が行われるなりするといいですね。

何事もピンチの後にはチャンスがきます。今回の政変は、中東地域で民主化された新たな国をつくるチャンスです。国づくりのお手伝いというJICAの本来の使命を果たせるよいチャンスと捉えています。

<プロフィール>
山田順一(やまだ・じゅんいち)
JICA中東・欧州部長。東京都出身。1982年に旧海外経済協力基金(OECF)に入り、ビルマ(現ミャンマー)日本大使館、マレーシア駐在員事務所勤務、マラヤ大学(マレーシア)博士課程留学などを経て2008年10月より現職。中東関連では、イラン、トルコなどの円借款担当課長を歴任。
鈴木規子(すずき・のりこ)
JICA広報室長。東京都出身。1981年に旧国際協力事業団(現JICA)に入団。本部、マレーシア事務所などを経て、1996年、外務省へ出向し、ニューヨークの国連代表部に約2年勤務。帰国後、本部勤務の後、スリランカ事務所長、マレーシア事務所長を歴任。2010年5月より現職。

広報室広報デスク 谷田直子