飛行機のタラップを抜けて首都ダッカの空港に降り立つと、フワッとした熱気が身を包む。国土を3本の大河が縦断するバングラデシュ。雨期にはサイクロンや洪水被害が相次ぐが、乾期はまったく異なった一面を見せる。
乾期も終わりを告げつつある3月中旬、元サッカー日本代表であり、JICAオフィシャルサポーターを務める北澤豪さんがバングラデシュを訪問した。
うっすらと茶色く乾いた空気に包まれる土地の様子とは対照的に、バングラデシュ女性が着るサロワカと呼ばれる服はとてもカラフルだ。到着翌日に北澤豪さんが訪れたオールドダッカの街の片隅では、ちょうど収集車が家庭ごみを集めているところだった。そこに、サロワカを着た母親に促されるように子どもたちが列を成し、バケツいっぱいにたまったごみを持ってくる。
人口の急増と急速な経済発展によって年々深刻化するダッカの廃棄物問題を解決するため、JICAは「ダッカ市廃棄物管理強化プロジェクト」を実施している。プロジェクトでは、「クリーン・ダッカ」を目指し、住民参加による廃棄物収集の改善に向けた取り組みが行われており、市街のごみ問題が改善されつつあることを北澤さんは肌で感じた。
また、北澤さんはグラミン銀行(注)の融資を受ける農村女性たちが暮らすチッタゴン近くの村を訪問。毎週恒例となっている女性グループの返済式に参加した後、メンバーの女性宅を訪れた。「グラミン銀行がなかったら今の生活はなかったわ」。そう話す彼女の家はいまだに乾燥させた家畜のふんを調理の燃料にしているが、居間を見れば立派なテレビや扇風機がある。また、グラミン銀行から教育ローンを受けて息子を大学まで通わせた女性もいる。
「女性は夢を追うだけでなく、きちんと現実を見ながら家族を支える術を知っているんだね」。北澤さんは、地方の小さな農村、それも女性たちが自らのパワーで成功を生み出していることがとても印象的だったという。
(注)1990年代に日本はグラミン銀行に対する資金協力を実施。2001年の事後評価によれば、グラミン銀行のマイクロクレジット(小額融資)を利用した多くの住民の生活が向上したといわれている。
滞在中、北澤さんはスポーツエリートを育成するバングラデシュ国立スポーツ学院を訪問し、水泳やテニスの指導に当たる3人の青年海外協力隊員の活動を視察。生活習慣や文化の異なる中で、より良い指導方法を模索し日々奮闘する隊員たちにエールを送った。
視察後、北澤さんは、「バングラデシュのすごいところは、何といっても人の多様性と生命力。今すぐできることと将来できることを見極め、長期的な展望に立って人材を育成することが必要だし、その一翼を日本が担えるのなら、それはとても素晴らしい貢献だと思う。あとは施設面を整備していければベストですね」と話していた。
今回の訪問の終盤には、北澤さんのサッカー教室がダッカ日本人学校で開かれた。これまで開発途上国で数多くのサッカー教室を開いてきた北澤さんだが、今回は、いつもとはかなり趣が異なるものだった。というのは、日本人学校に通う日本人の子どもたち、そして近くの村の子やNGOの施設で生活する元ストリートチルドレンなどバングラデシュの子どもたち約50人が参加する教室となったからだ。
「説明は一度しかしないからね」という言葉とともに始まった北澤さんの話を、一言も聞き漏らすまいと耳を傾ける子どもたちのまなざしはとても真剣だ。続いて行われたボールのパス練習では、靴を履く子とはだしの子がボールをパスし合っている。「素足でボールを蹴ってけがをしないだろうか」と、周囲の日本人はハラハラしながら見守るが、当の子どもたちは器用にボールをさばく。そして、試合が始まれば、国籍の違いや靴の有無などまったく関係のない真剣勝負となった。
閉会式で北澤さんは、自作の「Luna と魔法のスパイク」という絵本を子どもたちにプレゼント。チームワークが大切なんだよ、とベンガル語に訳して絵本を説明する隊員の話を聞いた子どもたちは、記念撮影で自然と肩を抱き合い笑顔を浮かべていた。
「バングラデシュの子どもたちの学ぼうとする意欲はすごい。一度教えられたことは2度目のチャレンジに必ず生かしている。このチャンスを逃さない気持ちがあれば、バングラデシュはきっと良くなっていくはず」と北澤さん。バングラデシュの人々のパワーにその可能性を感じた滞在となったようだ。