新たな国づくりの現場から in 東ティモール (2013年1月)

東ティモールは、隣国インドネシアとの長い紛争を経て、2002年に独立を果たしたばかりの新しい国。日本や各国からの援助で復興し町は活気に満ちているものの、まだまだ開発支援が必要な国だ。
2013年1月、JICAオフィシャルサポーターの北澤豪さんは、JICAがさまざまな支援を展開する東ティモールを訪れ、この国が抱える課題と展望を見た。

すべての基本となるのは教育

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東ティモール大学の土木学科で実習風景の様子を見学する北澤さん

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内戦で焼き払われた東ティモール大学の施設

今回北澤さんが最初の視察先として訪れた、東ティモール唯一の公的高等教育機関である東ティモール大学では、2000年にもとの工業高専を基に工学部が開設されたが、独立前の騒乱により、ヒト、モノともに教育の基盤が失われていた。大学内には焼き払われたままの施設が今も残る。日本はこれまで、無償資金協力による機材供与や、専門家派遣、研修員の受入れなど技術協力による教官の能力向上支援を行ってきた。現在実施中の「東ティモール国立大学工学部能力向上プロジェクト」でも、教官の教育・研究能力の向上を目指した支援を展開中で、これにより、東ティモール国内で工学分野の高度技術を持つ人材の輩出が期待されている。
この日は朝位短期専門家による実習が行われており、インフラ整備などに役立てられる土木学科の実習風景を見学した北澤さんは、「いくら教育が必要と言われても、東ティモールだけで立て直すには限界がある。だからこそ外国からの支援が必要だし、国づくりとはまさに人づくりだと感じた」と納得の面持ちだった。

同じ「教育」でも青少年の情操教育に力を入れているのが、青年海外協力隊の阿久津隊員らが配属されているNGO「バフトゥル」だ。学校では教えてくれない音楽やドラマ、スポーツ、アートなどを通じて、紛争で心に傷を負った青少年の心のケアや将来の就職に向けた能力向上などを支援している。
東ティモールのダイナミックな歌とサウンドで歓迎してくれたバフトゥルの子供たちに大感激の北澤さん。しかし、子供たちが抱える問題を知ると、「ここでの活動は子供たちの自発性を重視している分、時間がかかる。隊員にとっても忍耐が必要だね。そして、せっかくここで学んでも就職を決めるのが難しいという課題もある。将来に向けた糸口がもう少し見えてくるといいね」と、子供たちを取り巻く現状に思いを馳せていた。

期待が高まる農業とアグリビジネス

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稲作プロジェクトの現場で専門家から説明を受ける

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研修に参加した地元農民たちと田植えを体験する北澤さん

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村民らによるバージンココナッツオイル作りを見学

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手洗い習慣を目指して石鹸作りの作業中

東ティモールは、独立前に農業技術者がインドネシアに引き上げたことによる灌漑施設の維持管理能力や営農指導能力の不足もあり、農業生産性は低い状態にとどまっている。農産物の多くは、現在もインドネシアなどからの輸入に頼っている。年間2.4パーセントと人口が急増する一方で、主食であるコメの自給率は55パーセントという低水準だ。そこでJICAは、日本の緊急無償資金協力により灌漑施設の復旧が図られたラクロ灌漑地区で、コメの生産技術の指導のための技術協力を行い、2010年からは周辺地域を含めた技術の普及を目指す「マナツト県灌漑稲作プロジェクトフェーズ2」を実施している。
対象地域のプロジェクト現場を訪問した北澤さんは、栽培方法改善の農民研修の様子を視察。プロジェクト関係者らと共に田植えも体験したほか、同プロジェクトで収穫されたコメを試食した。プロジェクトで作られたコメは輸入米より小粒だが粘り気があり、北澤さんも「おいしい!」と箸が進んでいた様子だった。

続いて北澤さんが訪れたのは、東ティモール農業省に派遣中の鈴木隊員の活動現場の一つ。首都ディリ以外の地域では農業が人々の主要な収入源である東ティモールでは、現在、農産物の加工品を展開するアグリビジネスへの期待が高まっている。
その一つが「バージンココナッツオイル」だ。鈴木隊員は、地方都市における村民の収入向上を目指すアグリビジネスを後押ししており、現地で大量に収穫できるココナッツを利用してバージンココナッツオイルを製造。ディリでも販売するほか販路拡大を目指している。
日本でも昨今注目度が高まっているバージンココナッツオイルの製造現場を視察した北澤さん。「これほど手間をかけて作っているとは驚き。1瓶3ドルは安すぎるからもっと値上げしてもよいのでは」と丁寧なオイル作りに感心しきり。「日本からココナッツオイルのお土産を頼まれてきたんだよ」と自らもたくさん購入していた。

ココナッツオイルを使ったアグリビジネスはNGOも実施している。
東ティモール医療友の会(AFMET)は、JICAの草の根技術協力の枠組みで、衛生面における住民の生活環境の改善や栄養向上のための小規模収入創出活動を、住民主体のコミュニティ単位で展開する支援を行っている。AFMETは「あげない、教えない、無理強いしない」をモットーに、住民たちが援助に頼らず自らの力で疾病への適切な対応・予防ができるようになるための協力を行う。
そんなAFMETが支援していることのひとつが、手洗いの習慣の普及を目的としたココナッツオイルなどの天然素材による石鹸作りだ。北澤さんが訪れた日も、村の女性たちが集まって石鹸作りの真っ最中。この石鹸は、皮膚病予防にも効果てきめんで住民たちからも重宝されているのだとか。

進むインフラ整備と今後の課題

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改修されたディリ港を訪れる北澤さん

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東ティモールの子供たちのためにサッカー教室も開催

生活物資の85パーセントを輸入に依存している東ティモールにとって、同国唯一の国際港湾であるディリ港は物流の重要な拠点だ。老朽化や塩害などにより荷役の効率や安全性が低下した同港を復旧するため、日本は2006年ディリ港の改修支援を行い、物流コストの低減や安全性の向上、輸出入の増加を目指した。
輸出入品の荷役現場を訪れた北澤さんは、「この港湾設備で大型船舶の利用は問題ない?」「1日にどのくらい輸入できるの?」などさまざまな質問をぶつける。東ティモールの経済発展や国民生活の向上に欠かせないプロジェクトに高い関心を持ったようだ。
また、独立後に日本が整備を支援したディリ市内の四つの上水施設の一つを訪れた際には、「日本の支援により、住民が水を利用できるようになったのは素晴らしいこと」と喜びつつも、いまだ市民からの料金徴収が実現できていない点を指摘し、「利用者がきちんと自覚しないと使い放題になってしまう」と懸念も示した。

独立から10年が過ぎ新たな国づくりが勢いを増す東ティモール。国づくりの根幹を成すさまざまな取り組みを視察し、子供たちとおなじみのサッカー交流もした北澤さんは、「何事もベースが大事だと感じた。教育もインフラ整備もサッカーも大きな可能性を感じるので、土台をしっかり作って一歩一歩着実に進んでほしい」「紛争を経験している世代なのに傷を引きずっている雰囲気がなく、一生懸命取り組む姿勢が感じられる。チャンスをつかむ場所が広がってくれれば、彼らの可能性ももっと広がるはず。援助に依存することなく、自分たちで自発的に動機付けられるような支援のあり方が求められているのでは」と、この国の未来に思いを馳せた。