「日本と私-タジキスタン人の日本企業現地駐在員として-」ハムロエフ・アスラムさん vol.1

2019年2月7日

タジキスタン国立言語大学で日本語を学び日本に留学し、現在はタジキスタンで実施中の日本政府によるJICAの無償プロジェクトに日本企業の現地駐在コンサルタントとして携わっているハムロエフ・アスラムさんに、日本での生活体験や日本企業での勤務経験の中で気がついたことについて、お話を伺いました。

-本日はお忙しい中、お時間を頂きありがとうございます。
アスラムさんは現在、どのような業務を行っているのですか?

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日本での経験や業務について語るハムロエフ・アスラムさん

私は日本でコンサルタント会社に就職し、現在はタジキスタンに戻り、現地駐在員として、JICAによる無償案件「ドゥシャンベ変電所整備計画」(2017年6月~2020年6月)に関するコンサルタント業務を行っています。

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私が日本語にこだわる理由

-現在タジキスタンでは多くの若者が多様な言語を学んでいます。その中で、なぜ大学で日本語を学ぼうと思ったのですか?

大学に入学する前は、実は日本や日本語についてあまり詳しく知りませんでした。また当初は英語を学ぼうと思っていたのですが、英語はどこでも学ぶことができるので、家族の強い薦めもあって、「英語+α」ということで、英語に加えて日本語を勉強することにしました。

2012年にタジキスタン国立言語大学に入学し、日本語を専攻することになったのですが、やはり日本語は難しく、何度も挫折しそうになり、日本語の勉強をやめようと思ったこともありました。しかし、日本の大学に留学した先輩達が各々夢を掴んでいるのを見て、日本語を勉強する事には意義があると思い直し、あきらめずに勉強を続けました。

-なぜ日本語を勉強することに意義があると思ったのですか?

日本語を勉強し続けることで、自分の希望を掴める未来が見えると思ったからです。ここタジキスタンにはたくさんのJICAプロジェクトがありますし、これからどんどん日本企業も入ってくるのではないかと考えています。

-日本ではどの大学に留学されたのですか?

新潟大学です。2年間タジキスタン言語大学で日本語を勉強した後、在タジキスタン日本大使館にて日本の文部科学省による留学試験を受けました。晴れて試験に合格し、2014年から2015年までの1年間、日本の文部科学省による国費留学生として新潟大学の国際センターで勉強しました。

その後タジキスタンに戻り、残り1年間の学生生活を経て、2016年に言語大学を卒業しました。

アスラムさんが感じた「日本」

-日本に来る前は、日本についてどんなイメージを抱いていましたか?また日本に来てからは、そのイメージはどう変化しましたか?

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留学当時のアスラムさん

子どもの頃、TVドラマ「おしん」を見ていたのですが、おしんの出身地は秋田県じゃないですか。秋田も新潟に近いので、私にとっての新潟のイメージは完全に「おしんが住んでいるところ」でした。

日本への留学が決まってからは、事前にネットでいろいろと日本について調べたのですが、「日本」で検索すると、まず最初に東京の高い建物とか、京都の歴史的な建造物がでてきますよね。でも実際に日本に来て新潟で生活を始めてみると、新潟大学の付近には、高い建物も歴史的なところも何もなかったんですよね。

それが自分が感じたギャップであり、驚きでした。

-確かに「日本」というと、東京をイメージされる方が多いですよね。
新潟ではどんな留学生活を送っていましたか?

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留学時行きつけだった喫茶店のオーナーお二人(後ろ)とアスラムさん(手前)

新潟の気候は厳しかったのですが、現地の日本人の方々はとても親切に生活をサポートしてくださいました。また新潟のご飯はとてもおいしくて、特にお米や魚の味が今でも忘れられません。

実は、日本に来る前は関東に留学したいと思っていたんです。新潟大学は第一希望の大学ではなかったのですが、今では新潟大学に留学したことが自分の糧になっているので、この大学に留学して本当に良かったと思っています。私にとって新潟は第二のふるさとです。

日本滞在中に千葉に1ヶ月間旅行したことがあったのですが、千葉と新潟のご飯を比べると、新潟の方が断然美味しかったんですよ。(笑)

-新潟はお米と海鮮料理が有名ですもんね。アスラムさんは千葉の他にもどこかへ旅行されましたか?

京都にも行きました。やはり京都は、まさに自分の想像していた日本だと実感しました。実は京都を訪れたとき、すごく“日本っぽい香り”がしたんですよ。いまだにその匂いが忘れられません。その匂いがどんな匂いかというと、説明するのが難しいのですが。(笑)

-そうなんですね。ところで、日本での生活中に困った出来事はありませんでしたか?

最初は食事に関して苦労しました。日本では、スーパーに行くとイスラム教で禁止されている食べ物が多いので、それを見分けるのが大変でした。しかし幸いなことに、新潟での食生活は魚が中心でしたので、特段困るということはありませんでした。

-日本人はお米を炊いて食べていますが、タジク人はお米をピラフとして炒めて食べますよね。留学中もタジク料理を自分で作っていたのですか?

留学生活の最初はピラフを作っていましたが、だんだんと和食生活にも慣れてきて、ピラフを作るのもやめました。

今でも1週間に一回、家族に和食を作っているのですが、時々当地の料理も食べられないことがあるんです。油っぽくて。(笑)

食堂に行ってご飯を注文するときも、いつも「油少なめでお願いします」と言っています。

-日本に来てから、タジキスタンのよさを改めて感じたことはありましたか?また、タジキスタンの習慣や伝統で、日本にもあれば良いと思うものはありますか?

タジキスタンは日本に比べて物価が安く、また、メロン・スイカなど、青果がとても美味しいのはもちろんですが、特に思うことは、家族を大切にする伝統が日本に比べタジキスタンにはあるということです。

私の父は既に他界し、現在は母と一緒に暮らしているのですが、母を大切に世話し、ひとつの屋根の下で暮らして生きたい、と自分に約束をしたんですよね。

留学中よく議論したことがあるのですが、最近の日本では、親と一緒に暮らしたいという人がますます少なくなっていますよね。なので、こういったタジキスタンの伝統が、日本にもあればいいなあと思ったことがあります。もちろん就職や転職など、会社の指示でどうしても家族と離れなければいけないといった場合もあります。けれども可能な限り、家族と一緒に過ごして欲しいと思います。

-タジキスタンでは、地方から大学進学のためにドゥシャンベに来る人も多いですよね。ここの大学生が家族に電話するなど、定期的に連絡を取っている様子もよく見られますね。

もちろん昔は日本でもその習慣があったと思うのですが、現在ではますます少なくなっているのではないのでしょうか。

タジキスタンで数年後、国が発展していくと、日本のようになるんじゃないかと思っています。

-アスラムさんもご兄弟と電話することが多いですか?

最近はちょっと忙しくて。(笑)自分もちょっと日本人っぽくなってきたかもしれないですね。

次回は、アスラムさんが業務で感じていることについて、またアスラムさんの日本語を使うキャリアパスについても詳しくお話を伺います!

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プロフィール

ハムロエフ・アスラムさん
タジキスタン国立言語大学日本語専攻を卒業後、アジア共同設計コンサルタントに入社。現在は日本からコンサルタントとしてタジキスタンに駐在し、JICAの変電所プロジェクトに携わっている。趣味はフットサル。ぺンジケント出身。

聞き手
松田 実樹
JICAタジキスタン事務所による大阪大学との連携に基づく学生インターン。
活動期間2018年10月~2019年1月