「内戦で出遅れたタジキスタンの市場経済化を見とどける」登丸 求己さん

2019年3月19日

2019年2月14日、JICAタジキスタン事務所は「国家開発評議会ラウンドテーブル」の開催を支援しました。同ラウンドテーブルでは、2004年から2005年にかけてJICA開発政策アドバイザーとしてタジキスタンに派遣され、国家開発評議会の設立など新たな開発管理システムの提言をした登丸求己元専門家も招かれ、タジキスタンの今後の開発課題についてコメントをされました。今回インタビューを通じて登丸さんに、当時のタジキスタンの行政機構の状況や登丸さんの業務の様子についてお話を伺いました。

タジキスタンの市場経済化のために

-本日はお忙しい中、お時間を頂きありがとうございます。
まずは登丸さんがJICA開発政策アドバイザーとして派遣された2004年ごろの、タジキスタンの経済開発の課題について教えてください。

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2019年2月14日「国家開発評議会ラウンドテーブル」にて。

当時のタジキスタンの第一の課題は市場経済化を達成することでした。タジキスタンは1991年のソ連崩壊後に独立し、1992年に始まった内戦の和平協定が実行完了したのは2000年だったことで、市場経済化が遅れていました。私が派遣された時、タジキスタンにはまだ旧ソ連の共産主義の考え方が残っており、市場経済化に伴う行政制度の再構築について試行錯誤を始めたところでした。

-社会システムそのものが今と違っていた中で、登丸さんはどのように業務を進められたのでしょうか。

まず、タジキスタンの経済政策に関する行政機構の現状を把握するところからはじめました。市場経済において、政府の仕事は生産計画に従った命令を下すことではなく、民間の経済活動を助けるための調整や指針決定です。それを強調するために、旧ソ連の中央計画経済制度が色濃く残っているタジキスタンの行政政策と私たちの考えている自由競争の市場経済下での経済開発政策とどう異なっているのかを伝えようと思いました。

-現状を把握するといっても、国内には農業や工業など様々な部門があり、タジキスタン国内も地域ごとにいろいろな特色がありますよね。国内の行政機構の現状を把握するためにどうされましたか。

まず、タジキスタン・トップの開発ビジョンがどのように下部機構(関連省庁)に伝わり実施されているのかという縦の流れを確認し、さらに開発に関連するすべての部門と地域がどのように連携しているのかという横のつながりを確認し、それを「開発管理システムの基本構造」と考えました。

この作業には、部門ごとに関連する政策に詳しい高名なタジク人専門家に参加していただき、レポートをまとめてもらいました。専門家とはいえ旧ソ連時代の官僚や学者だった人たちですから、調査開始に当たって、こちらの調査の目的や必要な情報、政治経済用語の突き合わせなど共通理解のための研修会合を繰り返し行いました。

レポートはロシア語なので、それを現地の翻訳家に英訳してもらい、そのレポートを読むことで行政機構の状態を把握しました。調査内容をまとめ、開発管理システムに関する分析と改革の提言を行うのは私一人の仕事ですから、限られた時間内に膨大な量のレポートを読み込むのが一番苦しかった部分です。

-1年という短い期間で、たったお独りで行政機構の状態を把握し、コンセプトを確立したというのは大変なお仕事だったと思います。成功のカギは何でしょうか。

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登丸さん(2019年2月JICAタジキスタン事務所にて。)

大きく分けて3つあります。1つは人脈です。私とJICA担当部、私と政府側カウンターパートのつながりですが、中でも私とカウンターパートとの間を取り持ってくれたコーディネーター/アシスタントの存在がとても大きいです。2つ目は日本側からのサポートです。JICAのプロジェクトであったため、JICAからも外務省からも手厚いサポートを得ることができました。3つ目はタジク政府側カウンターパートのサポートです。カウンターパートが大統領府の経済担当顧問で有力者でしたから、彼の格別な采配でタジク政府も全力で取り組んでくれました。

かように、現地日本大使館とJICA事務所だけでなくタジキスタン大統領府からも万全の支援を受け、何の不自由もなく要請したことが全て実現され、自分でも満足のいくプロジェクトの成果が出せたことは開発屋としての誇りです。当時の関係者が私のことを未だに「先生」と呼んでくれ、かつてのコーディネーター/アシスタントが現在タジキスタンの経済開発貿易副大臣となって今私のカウンターパートとなったこと、そして経済開発貿易大臣が、今でもかつての提言報告書を持っていて「私のバイブルです。」といってくれていることは、開発屋冥利に尽きることだと思っています。

タジキスタンの今後の発展について

-登丸さんを中心に両国の関係者がまとまったからこそ、その2年後に国家開発評議会の設立という大きな結果につながったのですね。タジキスタンの今後の政府の機能としてはどのような点が重要となってくるでしょうか。

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(左)JICAタジキスタン事務所田邉所長、(右)登丸さん。(2019年2月14日「国家開発評議会ラウンドテーブル」にて。)

たくさんある中でそれぞれにプライオリティをつけていく必要がありますが、まずは国家開発評議会の「事務局」である経済開発貿易省のキャパシティ・ビルディングでしょう。キャパシティ・ビルディングというのは制度構築と人材強化のことですが、人材強化はそれほど難しい課題ではないと思います。タジク政府にとっては、制度構築に当たって、合理的効率的な開発計画の策定と実施を推進するために、政治的権力構造の整理が重要課題だと考えます。

一般的には、開発計画策定のもとであり、開発活動の評価やモニタリングの根拠となる信頼できる統計データが不可欠なことは言うまでもありません。指導者の都合で操作ができない独立の組織を構築し、国家統計の理念を持ってデータの収集と処理ができる組織として強化していかなければならないと思います。

-タジキスタンの次なる課題は工業化及び経済開発ですが、タジキスタンにはどのような可能性があると思いますか。

タジキスタンの特性を生かせば、可能性はあると思います。「内陸国」(Landlocked Country)といえども、国際貿易の絶対的な障害だとはいえません。タジクの特産資源と相手国を定めた戦略をとれば貿易の可能性は広がります。

たとえば、山岳国の急峻な地形をアドバンテージとして、いま大統領プロジェクトとなっている大規模水力発電は、国内産業の発展を推し進める原動力であるばかりでなく、近隣諸国へ電力を輸出することで外貨の獲得にもなります。また、ソ連時代からずっと続けてきた綿花を原料とする繊維産業を強化することによって国内需要をつくれば外貨節約につながるだけでなく、さらなる工業化を進めるきっかけにもなります。

-最後にタジキスタンの魅力についてお願いいたします。

タジキスタンの位置する中央アジアは、東西をつなぐシルクロードと、インドとロシアをつなぐ南北の線の交差する結節点です。かつて東西南北の食文化、宗教、文化の行きかったであろうこの地は「文化のクロスロード」ともいえ、若い人たちの知的探究心や好奇心を満たしてくれる興味深いところでもあります。また、5000mを超える山々の尾根が幾十にも広がるパミール高原の「天空の回廊」を旅すれば、まるで前人未踏の地であるかのような秘境としての魅力を感じさせてくれます。タジキスタンには日本の若い人たちをわくわくどきどきさせる魅力があふれています。

終わりに

登丸先生は、業務中にも関わらず快く取材に応じてくださいました。
このインタビューを通して、タジキスタンという国の持つ発展への多くの可能性、また国としての魅力について少しでも伝えることができれば幸いです。

プロフィール

登丸 求己さん
1998年から国連民政官としてタジキスタン内戦後のPKO(UNMOT)に携わった経験を生かし2004年から2005年に掛けてJICA専門家「開発政策アドバイザー」としてタジキスタン大統領府に派遣される。今回、当時のJICA「開発管理」協力のフォローアップ調査団長として14年ぶりにドゥシャンベを再訪した。

聞き手
稲川 翠
早稲田大学大学院 商学研究科 開発経済学専攻
2018年度第1回JICAインターン
活動期間2019年2月~2019年3月