「給水プロジェクトを通じて見たタジキスタン」松田 和美さん vol.1

2019年1月25日

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プロジェクト現地コンサルタントのジュラベックさん(左)と松田さん(右)

タジキスタンの給水プロジェクトに長年携わっており、「ピアンジ県・ハマドニ県上下水道公社給水事業運営能力強化プロジェクト」(2017年4月~2020年4月)にて、タジキスタンのピアンジ行政郡・ハマドニ行政郡(注)の上下水道公社の運営管理改善のための指導を行っている松田和美さんに、タジキスタンでの業務や生活体験を通じて考えたことなどについて、お話を伺いました。

(注)「ピアンジ行政郡」・「ハマドニ行政郡」は、案件作成時によって「ピアンジ県」・「ハマドニ県」と呼び名が異なりますが、全て同じ地名です。

国際協力へのきっかけ

-本日はよろしくお願いします。まず始めに、松田さんが国際協力に係ることになったきっかけについて教えてください。

もう半世紀ほど前の話ですが、私が子供の頃に、世界の人口が急激に増加し、このままだと食糧がもうなくなるのではないかと世界的に危惧されていました。また、学生時代に工学系の勉強をしていたこともあって、将来は水関連の仕事をしたいと思っていました。

そのようなことから、いつか狭い日本を出て、世界、特に発展途上国で灌漑施設等を整備し、食糧増産をしたいと考えるようになったんですよね。こういった海外志向もあって、現在の会社には、最初から海外要員として入ることになりました。

結果として、灌漑ではないのですが、同じく水分野である「上水道」を専門として約35年間海外でのODA業務に従事しています。これまでに、ネパールやアフリカのシエラレオネなど、世界各国の浄水場建設に携わってきました。

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「ハトロン州ピアンジ県給水改善計画」 において2016年11月に完成した高架水槽

-タジキスタンでの業務はいつから始まりましたか?

6年前からです。前回のプロジェクト「ハトロン州ピアンジ県給水改善計画」(2014年6月~2016年12月)に携わって以来、当国での業務が続いています。それまでは私も、私の会社もタジキスタンでの業務経験はありませんでした。

タジキスタンという国について

-松田さんがタジキスタンに来られる前は、同国について最初どのようなイメージを持っていましたか?また、実際にタジキスタンを訪問してからは、そのイメージは変わりましたか?

タジキスタンに来る前までは、この国は旧ソ連圏の一部であり、社会主義的な色彩の強い国というイメージがありました。

-旧ソ連というと、日本人の間には、国がすべてを管理している、といったステレオタイプのイメージがありますよね。

そうですね。旧ソ連国の多くはかつての共産党支配のための公安警察による監視社会だったと聞いていますが、周辺国の状況を見て、やはり治安を維持するためにはそのようなシステムも必要かなと感じます。

ただ、旧ソ連圏であっても、中央アジア古来のイスラムや遊牧民の習慣に基づく伝統が根強く残っており、見知らぬ外国人でも旅行中の客人として歓待する文化があります。現地調査で村などを訪問すると、現地の方々は、知らない私に対してもとても親切で、お茶を飲んで行きなさいと言ってくれるほどです。

-この6年間で、松田さん自身が感じたタジキスタン社会の変化を教えてください。

タジキスタンは毎年7%程度の経済成長をしており、6年前に比べれば国民の生活もかなり良い方向へ変化していると思います。現在、タジキスタンの首都ドゥシャンベはビルの建築ラッシュで、いろんなマンションや高層ビルが建っています。

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2018年12月現在、建築ラッシュのドゥシャンベ中心部

-数年前はスーパーもドゥシャンベには数軒しかなかったようですが、今はどこにでもありますよね。

そうなんですよ。私がタジキスタンに来たばかりの頃は、ドゥシャンベもなんとなく薄暗い雰囲気でした。最近ではスカートを履く女性も多くなってきて、欧米、今では死語かもしれませんが、西側の女性と同じようにファッショナブルになってきたと思います。(笑)

タジキスタン内戦が終わってから、ドゥシャンベは今では内戦の跡形がないくらい発展していますが、一方、地方はどうなんでしょうか。

内戦時、ハトロン州は1番戦闘が厳しかった地域でした。特にボフタール市(旧クルガンチュべ市)は、反政府勢力に対する旧政府軍による激しい戦闘が行われて、少なくとも5万人が犠牲になった場所だったこともあり、内戦直後はひどい状況でした。しかし現在ではそのわだかまりもなく、内戦のことを語る人もほとんどいませんし、ボフタール市はタジキスタンの第3の都市と言われるくらい発展しています。

倒れるくらいウォッカを飲んでコミュニケーションを!

-タジキスタンでの業務にあたり、様々な方々と関わってこられたと思いますが、タジキスタンの方々と円滑なコミュニケーションをとるために行っていることはありますか?

現地の方々と仲良くする方法としては、タジキスタンに限らず、「郷に入れば郷に従え」の通り、その国の習慣や文化に、敬意を持って我々の方からも合わせるのが良いと思います。

例えばタジキスタンでは、最初はちょっと違和感がありますが、男同士が挨拶をするときの抱擁や、ウォッカを囲んでの食事会での振る舞いなどに慣れる必要があります。倒れるくらいウォッカを飲むのが、心を許せる仲ということかもしれませんね。

タジキスタンはイスラム教の国ですが、旧ソ連による宗教色を埋める影響が強くて、宗教と関係のない場であれば、お酒を飲んでもとがめられないんですよね。旧ソ連時代は、共産党の偉い人たちは旧ソ連のあちこちから来ていたので、関係を深めて偉くなろうと思ったら、お酒を飲まなければいけなかったようです。なので、今のトップの人たちや、年配の方はみんなお酒が強いです。

次回は、松田さんが携わるタジキスタンの給水プロジェクトについて詳しくお話を伺います!

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プロフィール

開発コンサルタント
松田 和美さん(株式会社エイト日本技術開発 国際事業本部 水インフラ部)

大学卒業後、エイト日本技術開発に入社し、約35年間世界各国での水道関連のODAプロジェクトに携わっている。タジキスタンでの業務には2013年から約6年間従事している。

聞き手
松田 実樹
JICAタジキスタン事務所による大阪大学との連携に基づく学生インターン。
活動期間2018年10月~2019年1月