【ボランティア通信】謝らない人たち

2015年3月17日

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名前:沖村悠衣
派遣期間:2013年3月〜2015年3月
職種:理数科教師
配属先:マサシ女子中等学校
任地:ムトワラ州マサシ
出身:群馬県

タンザニア人は、とやたら一般化するのはよくないと思うが、私の知っているタンザニア人は、謝らない人が多い。絶対に謝らないと言ってもいい。バスが故障して一時間で着くところが二時間掛かっても、仕立て屋で頼んだものと違うものができあがっても、レストランで二時間待った末料理が出てこなくっても、謝らない。

【私の配属先】

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朝礼の様子

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教室で

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放課後の生徒

町の人のことなら笑って済ませられるが、学校の中でも一事が万事こんな感じだ。生徒が私の貸したペンをなくしたり、テストでカンニングをしたりした時にまで謝らないのは、怒りや呆れを通り越して、感心した。絶対に自分の非を認めない。ペンは「なくした」のではなく「盗まれた」のであって、自分は悪くない。カンニングに関しては物的証拠が明らかであるのに、生徒は何度棒で打たれても認めなかった。

スワヒリ語で「すみません」「ごめんなさい」は「サマハニ」という。この「サマハニ」をタンザニア人は使わない。代わりによく使うのが「ポーレ」という言葉で、これはどちらかというと「お気の毒に」という意味だ。仕事が大変そうな人には「ポーレ・ナ・カジ(お仕事お疲れ様)」、旅行から帰ってきた人には「ポーレ・ナ・サファリ(長旅お疲れ様)」、「お悔やみ申し上げます」も「お大事に」も「ポーレ」で済む。貸していた問題集が破かれて返ってきた時にも、生徒が言ったのは「サマハニ」ではなく「ポーレ」だった。なんだかもやもやするが、これは私のスワヒリ語力の問題だろうか。

そういえばいつだったか、同僚に用事があって彼を訪ねた時に、仕事の邪魔をしてしまったという意味で「サマハニ」と言ったら、「なんで謝るの?」ととても驚かれた。スワヒリ語の使い方を間違っているよ、とでも言いたげだった。

きっとタンザニア人にしてみたら、「ポーレ」は謝罪の言葉なのだろう。しかし、私がそれを謝罪と受け取れない限り、いつまでも「サマハニ」を求めてしまう。逆に言えば、私の「サマハニ」はタンザニア人にとっては場違いなこともあるわけだ。

そんな理屈が頭にあったわけではなく、単に私ばかりが謝るのも癪だと意地を張っていただけなのだが、いつの間にか私も「サマハニ」を使わなくなってしまった。普通に考えて私に非がある時にも、「サマハニ」ではなく「ポーレ」と言うようになった。今では、タンザニア人が「謝らない」こともあまり気にならない。その代わり日本人的には、私も立派に「謝らない人」に見えるだろうが。

むやみに謝らないタンザニア人と、謝ってばかりの日本人。今では少し、タンザニア人のほうが好ましい。