【ボランティア通信】ザンジバルでの野球

2015年3月23日

【画像】

名前:斉藤 淳司
派遣期間:2013年3月〜2015年3月
職種:コンピュータ技術
配属先:ザンジバル観光開発専門学校
任地:ザンジバル州
出身:千葉県

私は野球があまり好きではなかった。中学校では野球部に所属していたが、声が小さいこともあり、監督によく怒られていた。なぜ入部したのかと言うと、父親が野球好きであったことと、テレビ放送していた映画「メジャーリーグ」に影響されたのだと思い出す。部活の最終日、監督が一人ひとりに高校で野球を続けるのか聞いていた。私は「やりません」と答え、その日以来、野球とは距離を置いた。

【画像】

木の棒でストライクゾーンを教える

10年後、私は会社を退職して青年海外協力隊に合格した。タンザニアに派遣され、語学訓練を行い、ザンジバルの観光開発専門学校に配属した。活動は山あり谷ありであったが、配属先の人たちはとても友好的でIT環境も整っており、恵まれた環境で活動をすることができていた。そして、残りの活動も半年を切った時、ザンジバルで野球を子供達に教えている隊員から「野球を教えるのを手伝って欲しい」と声をかけてもらい、ふとしたきっかけから距離を置いていた野球に教える立場として携わることになった。

まさかアフリカの地で野球を教えることになるとは考えていなかった。正直に言えば教えられる機会はあったがそれを掴もうとはしなかった。私が参加した時、子供たちは野球を始めて2か月ほどであり、キャッチボールはできていたが、ストライクゾーンを知らないなど、基本的な事がまだ分かっていない状態であった。しかし、毎週の練習の中で、彼らは目に見えて成長していった。

【画像】

タンザニア甲子園にて

私が参加してから1ヵ月後、タンザニア甲子園という大会が開催されたが、ルールの理解も技術もまだ不足しているザンジバルチームは、勉強する形で参加させてもらった。その結果、練習を開始して3ヵ月余りの我々のチームが奇跡的にムワンザのチームに勝利することができた。勝った瞬間、私は子供達と同様に興奮していた。現在も練習は続いており、野球をやりたいという子供も増え続けている。

【画像】

帰国直前に行った送別試合

私はもうすぐ日本に帰国となるが、帰国後は社会人野球をやってみるのも良いかなぁとも考えている。野球を教える代わりに、タンザニア人から野球の楽しさを教えてもらえた気がする。