【ボランティア活動視察】ザンジバル隊員−インターンの視点から

2017年11月7日

タンザニア事務所にインターンとして赴任してから2か月が経ち、色々なことが見えてきた。今回、ザンジバル島で活動するJICAボランティアの現場を見る機会があり、多くのことを知ることができた。

インド洋、タンザニア連合共和国の沖に浮かぶザンジバル諸島。タンザニア本土と統合して53年、今では白人の観光客も数多く訪れる観光地として知られている。イスラム教徒が人口の90%近くを占めるこの島で、青年海外協力隊として2016年より活動されているお二人に会い、協力隊になった理由から活動状況、今後の展望までを伺ってきた。

ザンジバル諸島はいくつかの島から成っているが、その中でも最も大きいものがウングジャ島である。その西側に位置する観光地・ストーンタウンより東へ15km、ザンジバル国立大学トゥングーキャンパスが、島田彰彦隊員(体育)の配属先だ。

島田隊員は、4代目体育隊員としてザンジバル国立大学に配属されている。ここでは、中等教育学校にて体育の指導ができる資格を取得するDiploma in Physical Education and Sport Science(2年制)が歴代隊員の協力のもとに開設され、現地人同僚体育講師とボランティアが一緒に同Diplomaコースにて活動を実施してきた。タンザニアでは体育教育の資格を持つ人材は多くないため、本コースがタンザニアにおける体育教育の普及の中心を担うものとして期待されている。引き続き、同大学において、体育指導のできる人材が必要とされていることからの要請であるが、具体的には以下の2つの活動を行う。

  1. 体育専攻学生に授業を行う同僚である体育教師の授業補助。実技の間、同僚ひとりで全ての学生が正しく理解しているかを測るのは難しい。その場合に、遅れた学生たちを後ろからサポートするような役割を週一度の授業で担っている。
  2. 体育専攻以外の学生が受講する選択制の授業を担当すること。毎週2回、計3時間で、運動を楽しみたい学生たちのために工夫を凝らす。

日本体育大学を卒業後、大学院へ進み、都内小学校、中学校、高校にて非常勤講師として勤務。その後青年海外協力隊へ応募、前職を退いてからの参加となった。「今後教員を続けていくうえで、問題意識を広げる為にも、日本とは違う環境で働いてみたかった」、と言う。「若いうちにやりたいことをやる」という信念もあった。

協力隊への参加前、1週間のフィジー滞在で、1人1人が参加する授業形態をとる日本と異なり、やりたい学生のみが行う現地の体育授業に驚いた島田隊員は、「日本の体育教育の良さを広めたい」、そんな思いで協力隊に応募した。

高校時代は体育が得意な科目だったという。それ故「体育へのある種の恩を感じている」、と島田隊員は語る。「(体育を勉強した)自分は(体育に対して感じている恩を)体育が始まって間もないこの大学の人たちに還元していきたいと思う。」自身の知識や経験を「広く伝える」ことが一つの役割と感じている。

活動には、当然課題がつきものである。研究資料や設備の不足に加えて、一時期頭を悩まされたのが、体育専攻の学生の授業へのモチベーションだった。将来は体育教員になるという彼らだが、学ぶためというよりも、ただただ「楽しむため」に体育を受講していたという。「ただ『楽しむ』だけでなく、彼らが教員になった時を考えて、指導方法や運動方法を『学ぼう』とするように。一方で、選択制の授業に来る学生には、体育が学生時代の『楽しい思い出』となるように。そんな思いで、体育の授業を提供したいと考えています」。

選択制の学生への講義がメインになることもまた、予想外であった。今でこそ、設備のない大学内で工夫を凝らし、「楽しさ」を追求した「生涯スポーツ」に繋がる授業を、と活動に取り組んでいるものの、体育教師を志す学生への授業を想像して赴任した当初は、このギャップに苦しんだ。机に三角コーンを横たえてネット代わりにする卓球、駐車場に椅子を並べて行うテニス。「思い出作りになるように」と希望者を連れて行ったプールでは、泳ぎを一から覚えるのに疲れた学生たちが楽しそうに潜る長さを競っていた。

配属先での活動と並行して、週に4〜5日と半分以上の時間を費やしているのが、前任者が立ち上げにかかわった野球クラブである。サッカーしか知らないような子どもたちに、当初野球は全く新しいものであったが、「誰にでも打つチャンスが回ってくる平等性」「道具を使って打つことの面白さ」「サッカーではない新しいスポーツの経験」などの点から、徐々に野球への熱は高まってきているようだ。

ストーンタウンすぐ近くにある大学病院、ムナジモジャ病院。ここで理学療法士として働いているのが、島田隊員と同隊次で派遣された平野稔也隊員である。

「理学療法士」−医療従事者として、職種柄、マンパワーであることを理解した上で派遣されているため、赴任前後で特に大きなギャップは感じていないようだ。それでは、マンパワーとしてのボランティア活動には何を思っているのだろうか。

「協力隊として、こちらの状況を改善したい、良くしたい、と思うことは普通のこと。自分はそうではなく、知識経験にしたいという思いで来ているし、募集時からマンパワーとして求められている状況は聞いていたため、それとして協力したいという考え。」

「青年海外協力隊」その言葉を聞いて、パワフルで何かを変えたい、思いの強い若者を想像していた、自分の浅はかさに気づかされた。余裕を持って物事を捉える、俯瞰した姿勢を持つ方であった。

「(赴任してから)半年間はつらい」。協力隊員の間ではよく言われることだそうだが、言葉が分からない状態で診察に当たるのは確かに大変だと、平野隊員は言う。言葉に加えて、現地に慣れる、且つ、馴染む、すると段々と楽にはなってくるのだと。それに、少なくとも半年はかかるのだと。

親切にも、飾らない言葉で拙いインタビューに答えてくださったお二人。ザンジバルの青く澄んだ海と空、深い歴史と沢山の観光客、その中でボランティアとして日々を暮らす、お二人の残り一年は、それでもきっと、何物にも代えがたいものになるのだろう。

(文責:タンザニア事務所インターン 高橋あかり)

【画像】

駐車場や空きスペースを使って体育の授業を行う。キャンパスにグラウンドや体育館はない。(ザンジバル国立大学トゥングーキャンパス、島田隊員)

【画像】

図書館の蔵書は英語、且つ古いもの(〜2007年前後)が多い。研究機関としては、さらなる充実が望まれるだろう(ザンジバル国立大学トゥングーキャンパス、島田隊員)

【画像】

配属先からは、ザンジバルの海が一望できる。海を眺めながら談笑する患者や医師の姿も(ムナジモジャ病院)

【画像】

外来では多くの患者を他のボランティアや職員、学生らと診ていく。レントゲン写真を窓の光にかざして、状態を確認(ムナジモジャ病院、平野隊員)

【画像】

外来の診察が終わると、入院患者の診察へ。スワヒリ語でお一人ずつ丁寧に対応される姿が印象的外来の診察が終わると、入院患者の診察へ。スワヒリ語でお一人ずつ丁寧に対応される姿が印象的(ムナジモジャ病院、平野隊員)