【ボランティア活動視察】国際機関連携ボランティア−「コミュニティ開発」とは?

2017年12月1日

タンザニアの首都は、JICA事務所の置かれているダルエスサラームではない。
内陸にある都市、ドドマである。
首都といえども、現在は政府主要機関移転計画の只中にあり、実質的な機能は未だダルエスサラームに残る。
それ故に、今現在もゆったりとした穏やかな空気が流れ、中心部であっても、ここは本当に首都かと目を疑いたくなるような、のんびりとした都市である。

ところで、WFP(World Food Programme)をご存知だろうか。
「国連世界食糧計画」、国連唯一の食糧支援機関である。
このWFPはドドマに支部を構えており、そこにある種異例の形でJICAボランティアとして配属されているのが、今回インタビューに応じて頂いた大川世令奈隊員(平成28年度1次隊 コミュニティ開発)である。
「コミュニティ開発」という職種は、その地域に住む人々とともに、住民が望む生活向上や地域の活性化に寄与することを目的としている。
「地域においてフィールドワーク(調査)を行ったり、住民参加型のワークショップを企画・運営したりするなどして、地域の状況や住民のニーズを把握することを出発点とし、更に研修やセミナーの実施をしながら、住民たち自身が地域の資源や様々な課題に気づき、話し合いを通して解決策を探していくこと」を促す活動を一般的には行う。

「コミュニティ開発隊員」という言葉を出すとすぐに、「配属先内では、一般的な青年海外協力隊のコミュニティ開発隊員としての活動を行っているとは思っていないんです」とのお答え。
そう聞くと少し驚くが、一般的な「コミュニティ開発」の隊員が行う活動とは大きく異なる業務をされていることが、お話を聞くうちにだんだんと見えてきた。

現在大川隊員は、WFP内部やドナー等に向けた広報を活動の一環として行う。
また、それと同時に、同僚とともにプロジェクトモニタリング等も行っている。
一般的な広報とは違い、配属先が行っているプロジェクトの成功話(Stories worth telling)を集めることを任されている。
一方モニタリングでは、チェックリストを作成し、質問項目等のデータ化、レポートの書き方のフォーマットを作る等新たな提案をし、仕事の効率化・質向上のため、それを定着させることを進めている。

WFPにとって、ドナー確保が難しい昨今では、より一層プロジェクトの透明性(Project visibility)が求められる。
これは、そのプロジェクトやWFPなどの組織に投資するかどうかについて判断する重要な基準になることが多い。
プロジェクトがうまく行く事例を証明することで、ドナー側も失敗するリスクが少ないと判断しやすくなり、また今後の新たなドナー確保にも繋がるのだ。

ここで、Home Grown School Feedingという学校給食のプロジェクト(2015年〜2017年7月実施)を紹介したい。
大川隊員が活動の一環として初めて執筆したプロジェクト成功話だ。
これは、一般的な支給型給食とは異なり、学校、生徒の親、村やコミュニティを巻き込んだ、地域一体となった給食プロジェクトである。

タンザニアでは、家で朝食を食べず、朝の10時ごろにウジと呼ばれる甘じょっぱいお粥のようなものや、軽食をとるところも多い。
この風習を利用して、「WFP」が昼食を提供する代わりに朝のお粥(ウジ)を「生徒の親」が負担。
一方で給食を作る人たちの賃金は「村」が負担する。
学校内でも栄養素の高い野菜などを育て給食に使う、これによって栄養価の高い食事を、保護者が全負担することなく供給できるのだ。
生徒の出席率や授業でのパフォーマンス力を上げるだけでなく(片道2時間徒歩で来る生徒たちは昼食のために家に帰ることが出来ないため、授業をサボることも多かった)、最終的に学校や地域が自立し給食を提供することを根付かせるという試みで行ってきたプロジェクトである。
このようなプロジェクト成功話を集めることは、広報の役割も担うと共に、モニタリングとエバリュエーションの活動の一環にもあたる。

今でこそ着実に広報業務をこなし、配属先からも「積極的でよくやってくれている」とのお褒めの言葉が聞けるほどであるが、実は最初からこの業務を想定していた訳ではない。
当初予定されていた、パイロット事業であるPurchase for Progress(P4P)というプロジェクトは、タンザニアでは女性の小規模農家や女性グループを中心に行われていた。
しかし、着任時にはこのプロジェクトは既に終了し、Patient Procurement Platform(PPP)という小規模農家支援をする違うパイロット事業に変わっていたという。
そのため、着任後しばらくは母子の栄養促進プロジェクトに携わり、その後、現在の業務へと辿り着くことになった。

予定されていた内容と大きく異なる活動内容になる、そのこと自体は度々避けられない問題として発生する。
実際にその状況に置かれ、変更後の内容が専門外であったことから戸惑いを覚えたのも事実だが、それでも自分に何が出来るか、何が求められているか、真摯に模索を続けてきた。

昔から海外で働きたいとぼんやり思い描いており、2001年のNY同時多発テロ事件をきっかけに世界情勢、紛争解決などの分野に興味を持つように。
2011年の東日本大震災では、東北ボランティアでの現場経験を通して、国際協力や人道支援の分野での仕事を職業にしたいという意志が固まったという。
その際に協力隊OVに出会い、協力隊への参加が今後の進路の一つとして視野に入った。
それから数年、協力隊参加を決意したのは、開発学を学んでいたイギリスの大学での最終学年時に、卒業後の進路を考えた時。国際協力の現場で経験が積めるファーストステップの場としては最適との考えで、協力隊参加に至った。

将来を見据えて協力隊参加を決めた大川隊員は、何か力になれていると実感できることが嬉しい、と話す。
スワヒリ語を使おうと努力する姿を見せると、相手も喜んでくれ、若い自分の話にも耳を傾けてくれる。
こうしたい、と思うものを実際に形にして見せると、イメージを共有してもらえる。
そうして様々なことに気づき、また実行しながら、与えられた環境で健気に活動に励む姿が眩しかった。

約一時間に及ぶお話の最後に、協力隊に参加したことで変わったことは、との質問をぶつけてみると、こんな答えが返ってきた。
「視野が広がりました。参加するまでは全く知らなかったことを、分かろうと努力する、勉強することで、寧ろ色んなスペシャリストになる道があると思えました。」

残り9か月の活動期間があるが、新しいことをするというよりも、現在行っているチェックリストの定着、同僚のスキル・パフォーマンス力向上に努めることを目標にしている。
協力隊員は、二年間という限られた時間しかタンザニアにはいられず、任期が満了すれば去ってしまう。
そのため、その後も任地に居続けるタンザニア人同僚のプロジェクトモニタリングのパフォーマンス力を上げることが必要となる。
そのスキルアップに少しでも貢献することが出来れば、プロジェクトの成功に繋がる。
そうすることが、(大川隊員の一番貢献したい対象である)プロジェクト受益者の力になる(力になることが続けられる)一番の近道になると信じ、活動を続けているという。
そんな思いを語る大川隊員の、この活動のみならず、その先のステップを想像すると、その更なる活躍を期待してやまない。

文責:タンザニア事務所インターン 高橋あかり

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学校給食モニタリング中の一枚

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同僚とプロジェクト成功話のインタビュー中の一枚

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学校給食のモニタリング中の一枚

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インタビュー時、WFPドドマフィールドオフィスにて