半世紀にわたる協力の歩み −モンクット王工科大学ラカバン校(KMITL)−

2010年9月22日

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KMITLが50周年にあわせて建設した新研究棟

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日本とKMITLの50年間の協力の歩みを表したパネルをご覧になるシリントーン王女

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レセプションでの末森上級審議役スピーチ

2010年8月24日、モンクット王工科大学ラカバン校(KMITL;King Mongkut's Institute of TechnologyLadkrabang)の、50周年記念式典が開催されました。

KMITLは、タイにおける工科系大学のトップレベルの大学のひとつです。

KMITLと、日本・JICAとの協力関係は非常に長く、その歴史は、まさに50年前のKMITL設立時にさかのぼります。

1960年、KMITLは、「ノンタブリ電気通信訓練センター」としてその歴史をスタートします。日本政府は、これに対し、校舎や機材の供与、カリキュラムの作成などに協力しました。

その後、池田首相(当時)のタイ訪問を契機に、1964年、職業訓練センターは、3年制大学として「ノンタブリ電気通信大学」へと格上げされます。さらに、1971年には5年制の学士を輩出する大学として「モンクット王工科大学」へ、1976年には修士課程を設置、1982年にはタイ初の電気工学分野の博士課程の設置と、KMITLは、段階的に拡大、発展を遂げます。また、その過程では、校舎が手狭になったため、日本政府の無償資金協力による支援を受けてキャンパスをバンコク郊外のラカバンへ移転、大学は現在の名称である「モンクット王工科大学ラカバン校」となりました。

JICAは、これらのKMITLの発展過程で、前身の海外技術協力事業団(OTCA)の時代から、日本からの専門家派遣等を通じ、カリキュラム作成、教員養成、研究・教育機能の充実など、断続的に様々な支援を行いました。

また、KMITLの発展は、JICAだけでなく、1965年の留学生受け入れから現在までの東海大学による継続的な支援に代表される日本の大学とのつながり、および、タイに進出した日本企業からの奨学金等を通じた強力なサポートの存在によって支えられてきたことが大きな特徴です。

1960年以降のKMITLの発展は、タイの工業化の進展による工科系人材のニーズの高まりに呼応したものであったと言えます。工学系学士(エンジニア)に占めるKMITL卒業生の割合が約30%にのぼり、タイ国内で確固たる存在感を示しているのに加え、携帯電話の通信アンテナ開発、日本企業向けの不良品検出技術の開発など、研究面でも実績をあげています。

現在、JICAからKMITLへシニアボランティア1名を派遣しているほか、これまでの成果を活かす形で、協力関係を維持しています。具体的には、JICAがアセアン10カ国を対象に実施している、アセアン工学系高等教育ネットワーク(AUN/SEED-Net)プロジェクトにおいて、ICT分野におけるアセアン各国の人材育成の中核大学となっているほか、ラオス国立大学への技術協力事業への協力、アジア・アフリカ・大洋州向けの第三国研修など、KMITLは、国外の大学支援も行うJICAの貴重なアセットとして活躍しています。

50周年記念式典は、タイの王室からシリントーン王女、また、タイの元首相であるスラユット将官らの列席の下、盛大に執り行われました。JICAからは、KMITLからの招待を受け、末森上級審議役が出席し、当日のレセプションにおいて、祝意を表すとともに、今後ますます重要となるアジアの人材育成においてKMITLが中心的役割を果たすことへの期待を述べました。

(参考)
KMITLによる50周年記念ホームページはこちら新しいウィンドウを開きます
※JICAは、KMITLを中心とするタイへの工学系高等教育を、東南アジアの人造りにおける成功事例の1つと考え、「アジア地域 東南アジア人造り戦略策定に向けた情報収集・確認調査」(2010年2月、JICA)において詳細に分析しています。ご関心の方はJICA図書館ポータルサイトよりご覧ください。