2022年2月8日
途上国の持続的な成長に欠かせないインフラ整備。中でも下水道処理については、システム自体は有していても管理や運営に問題を抱える国が少なくありません。老朽化や施工不良などによって漏水が多発しているほか、地震など災害リスクへの対応も喫緊の課題となっています。
JICA東北では宮城県仙台市の協力のもと、課題別研修『アセットマネジメントを活用した下水道資産の適正管理』を実施しています。下水道分野におけるアセットマネジメントとは、下水道処理施設の現状を正しく把握し、災害や老朽化などのリスクを評価したうえで、合理的な管理・運営計画を策定し、実施していくこと。仙台市の水道事業はこの分野の先駆者といえる存在で、2014年に国内で初めてアセットマネジメントシステムの国際規格ISO550001を取得し、インフラ機能の持続可能な管理方法を確立。東日本大震災での経験をもとに国内外への技術協力・支援も推進しています。
2021年度の研修は10月から約2カ月間の日程で開催されました。新型コロナウイルスの影響により前年に続きオンラインでの遠隔研修となりましたが、キューバ、北マケドニア、エチオピアの3カ国から下水道施設の管理・計画を担当する行政官ら計5名が参加しました。
このとき講師の一人として登壇したのが、グアテマラの首都、グアテマラ市の水道公社で地理情報システム局長官代理を務めるファン・ホセ・サマヨア・モンソンさんです。4年前、同研修の前身となる課題別研修『災害リスク管理に配慮したアセットマネジメントを活用した下水道資産管理』でアセットマネジメントを学んだホセさんが、自国で実践した経験を伝えるために参加してくれました。
ホセさんが発表のはじめに紹介したのは、日本で出会った専門家や仙台市建設局の職員からかけられたという次のような言葉です。「短期間で結果を出そうとは思わないでください。私たちも長年にわたる取り組みが必要でした。同じ成果を出すには、小さなことから始めなければなりません」。ホセさんの自国での取り組みは、まさにこの言葉に基づくものでした。
2017年、日本での約1カ月間にわたる研修を終えたホセさんは、帰国後さっそく首都グアテマラで行動を開始します。アセットマネジメントの第一ステップは、現状を正しく把握すること。そのためには下水道施設の状態や所在地、建設時期などの基本情報が必要です。
しかし下水道の管理体制が整備されていないグアテマラ市では、そうした情報も下水道網の地図も保有していませんでした。
ホセさんは優先度の高い地区に調査対象を絞り、古い地図を唯一の手掛かりに情報を収集することにします。ところがいざ現場へ行ってみると、集めた情報と現状が一致しません。地図の情報は更新されておらず、非常にあいまいなものだったのです。
計画は振り出しに戻りますが、ホセさんは諦めませんでした。ゼロから調査を始めようと決意し、対象地区のマンホールのふたをすべて開けて内部を確認していくことにしました。
わずか4名の調査員で、水道管内や排水溝、下水の排出口などを一つひとつ撮影していく地道な作業です。十分な機材もありません。人が入れない狭い管路は、手作りの小さなカートにビデオカメラを載せて撮影するなど、工夫しながら調査を進めました。
水道管内には油や生活ごみなどが投げ捨てられている場所もあり、インフラ設備に対する市民の意識の低さも痛感したといいます。収集した情報はGIS(地理情報システム)ツールで管理し、少しずつデータを蓄積していきました。
意識改革が必要だったのは行政側も同様です。ホセさんは、下水道の適切な管理がいかに大切か、上司に粘り強く伝えました。市内で道路の陥没が起こった時には、現場の写真を仲間に見せてプロジェクトの重要性を訴えました。
ホセさんの熱意は徐々に伝わり、賛同する仲間が増えていきました。こうした活動を続けること約1年、わずかながら市の下水道施設の情報を集めたホセさんは、グアテマラ市長に調査結果のプレゼンテーションを行います。その結果、活動の重要性が認められ、市をあげてプロジェクトに取り組むことが決定。人員、予算ともに全面的な支援が行われ、プロジェクトの進行速度は各段に上がりました。
その後、約3年間でデータを収集した下水道施設は15,000カ所を超え、現在も日々拡大を続けています。アセットマネジメントの基盤も整い、市全体の飲料水と下水の管理に活用されるようになりました。さらに「小さな行動から開始し、大きな目標に到達する」という原則のもと、市内全域への下水処理システムの普及を目指し、すでに7基を超す処理施設が建設されています。
ホセさんの活動報告を受け、JICA東北の井澤仁美職員は「課題別研修で知識や技術だけでなく、真摯に取り組む姿勢を学んだことが伝わってきた」と話します。
発表の最後にホセさんは「“小さなステップから何かを始めなければいけない”という日本での学びを実行に移しました。今できることに取り組むやる気が大切。まだ道半ばだが、グアテマラ市は今後も支援してくれると信じています」と力強く語りました。
これから自国で下水道アセットマネジメントを実践する研修員たちも、ホセさんの姿に多くの学びを得たようです。それぞれの国での今後の活躍が期待されます。