岡山で学んだ眠れる資源の活用法:アルメニア「地方ブランドと地方産品開発プロジェクト」本邦研修

岡山県総社市にある「工房ちみち」。この地域に眠っていた数多くの資源を発掘しています。

「アルメニア共和国」と聞いて皆さんは何を思い浮かべますか?多くの日本人にあまり馴染みのない国アルメニアは、アジアとヨーロッパとが接する地にあるため、これまで西欧、アラブ、ペルシャ、トルコやロシアなど周辺の国々による影響と支配を受け、さまざまな苦難を経験してきました。1991年に旧ソ連から独立した後は政治的に比較的安定し、1994年以降は経済も成長を続けています。世界で初めてキリスト教を国教とした国だけあって、聖書の「ノアの方舟」物語で知られ、首都エレバンからよく見えるアララト山(現トルコ領)がアルメニアの人々の心の支えとされています。

そんなアルメニアからこの夏、8名の研修員が日本の一村一品運動を学び、地方産品の価値を高めてブランドづくりする方法を知るために来日しました。みなJICAが2013年から2016年度までアルメニアで行っている「地方ブランドと地方産品開発プロジェクト」で、主に現場での事業に携わっている関係者です。この研修で7月12日と13日に訪問した、岡山県での彼らの経験をご紹介しましょう。

加藤さんの熱の入った説明その説明に聞き入る、アルメニアの研修員たち。

ところで、アルメニアの産業ですが、これといった工業も少なく、宝石加工品と、銅や亜鉛などの鉱物が輸出の中心です。また、国の経済を引っぱる大企業も少なく、中小企業による生産が同国のGDPの約4割を占めます。このため、アルメニア政府は貧困削減や雇用創出の手段として中小企業振興を重視しているものの、首都圏以外では産業が育たず、結局多くの人がロシアなど国外へ出稼ぎに出てしまいます。そこで、2012年、アルメニア政府は新しい中小企業振興策をつくり、その柱の一つとして、地方での中小企業人材の育成と中小企業振興を掲げました。JICAはこの政府方針を後押しすべく、先にあげた技術協力プロジェクトによる支援をしています。

説明を受けながら熱心にメモを取っていました

話を戻しましょう。岡山での最初の訪問地は、総社市三須の“吉備野工房ちみち”です。浴衣姿で出迎えてくださった代表の加藤せい子さんから、事業を立ち上げるきっかけや、身近に埋もれている、地域の活性化をリードする知識人(これを“ちみち”では「達人」と呼ぶ)たちを活用することが地域振興に効果が大きいといったお話をうかがいました。子どもたちと一緒に角材と輪ゴムでミニチュアの家を作る達人や、この地域の古墳のことは誰よりも知っている達人など、“ちみち”が出会った才能がある方々を紹介いただき、彼らが活動している写真を拝見しました。

「工房ちみち」は総社市のこんな田園風景の中にあります

一村一品活動を行う地域の多くはもともと有望な地場産業を持ち、そこに資源を集中して発展させるケースが多いと思いますが、“ちみち”が活動を始めたときは、人材も資金もネットワークもない、信用されていない、と無いないづくしだったそうです。しかし、他の地方と同じく高齢化と人口減少の問題を抱え、このままでは先細ってしまうとの大きな危機感から、何かできることから始めようとする加藤さんと周りのスタッフの情熱、そして前向きな姿勢が、 “ちみち”の活動を広げてきました。今では総社市から地域おこしのアドバイスを求められるまでになったそうです。

ギャラリー“阿曾房(あそぼう)”にて樹皮染に挑戦

また、加藤さんたちは「みちくさ小道」というブランドを作って東北の復興を支援したり、国外ではタイの地域おこし資源の発掘に協力したりしていて、アルメニアもぜひ訪れたいとのこと。JICAの研修員もたくさん受け入れてくださり、4年間で45ヶ国、のべ300人を超えたとのことでした。大変感謝です。最初はノリがいまいちだったアルメニア研修員たちも、加藤さんのペースにすっかりはまり、いろいろな質問を繰り出していました。行政に関わる人たちだけに、やはり予算のこと、事業の計画方法などの質問が中心でしたが、“ちみち”の活動にはだれもが共感したようです。

染め上がった布を水にさらして乾かします

 次に訪問したギャラリー“阿曾房(あそぼう)”は “ちみち”が見出した達人の一人、伊丹洋子さんが営む、樹皮や玉ねぎの皮を使って鮮やかな朱色や山吹色を作り出す工房です。染色を体験することができることになって、アルメニア研修員たちはかなり目を輝かせて取り組んでいました。木綿の布を段々に折り曲げて染色することで、段々模様のストールが出来上がります。実際にきれいなものが出来上がると、大の大人でも嬉しくて、写真を撮り合っていました。ところで、今回のアルメニア研修員8名は全て男性で、それも中小企業振興に携わる国の機関の地方事務所の所長が多く、かつ、体格の良いおじさんばかりでした。そんな彼らも、形として出来上がったものがあると大変よろこび、作ったストールはみなさん奥さんにお土産として持って帰るようでした。もちろん染色だけで終わりでなく、地域の活性化のために周辺に眠っている技術の活用に帰国後さっそく取り組みたいといった話を口々にしていました。

出来あがった布を手にして記念撮影。「奥さんに良いお土産ができた」とみな嬉しそうです。

岡山県での経験はわずか半日程度でした。この短い時間で、技術を修得できたかと言うと、それは難しいでしょう。それでも、一見何もない地方でも、よく探せば地域おこしの資源が眠っていることを知り、特に開発にとってカギとなるのが人的資源だということに気づいていただけたと思います。このことを、自らの経験を通じてアルメニア研修員に実感できたことが、研修の成果でした。

今回の研修をきっかけとして、アルメニアでどんな地方産品が開発されることになるのか、その結果を見るのがとても楽しみです。

東京国際センター 産業開発・財政課 野口伸一 (2013年8月)