ある研修員からの心震えるメッセージ

2017年12月19日

ヒマラヤの麓ブータン王国から来日したMr. Kuenga Chhoegyel、通称キンガさん。盲学校で情報通信技術や英語を教える教師であり、IT管理者でもあるキンガさんは、全盲の視覚障害者です。母国の障害者政策の未来を担う障害者リーダーを対象とする研修「障害者権利条約の実践のための障害者リーダー能力強化」(2017年9月27日〜11月9日)に、世界各国からの参加者7名と共に参加しました。
真面目なキンガさんは講義や視察先で積極的に質問し、自分の教え子のために何ができるかをいつも考えヒントを得ていました。その姿勢は目立たず控えめながら、研修員同士の学び合いを引き出すリーダー的存在でした。仲間からの信頼も厚く、閉講式では代表スピーチを務めました。

そんなキンガさんが日本を発つ朝、あふれる思いをしたためてくれたのでご紹介します。

【キンガさんからのメッセージ全文】

【画像】JICAならびに日本障害者リハビリテーション協会(以下、JSRPD)のみなさまへ、

日本でこの研修に参加したいという私の長年の夢を叶えてくださって、本当にありがとうございます。東京研修センターでの宝物のような経験は、私の人生を変え、ブータンの障害者の未来を大きく変えることでしょう。
これが日本で綴る最後のメッセージとなります。

6週間以上いたのに、空港からこのセンターに到着した日がつい昨日のことのようです。新しいことを大いに学んだのはもちろんですが、センターでの生活が快適そのものだったからだと思います。
ブータンで貧しい家庭に育ち苦難の連続だった私には、ここでの暮らしが夢か現実かわからなくなることがありました。朝暖かいシャワーを浴びていると、飲み水のために何時間も並ぶ人たちがいることを思い出し、食堂で好きな料理を選んでいると、食べ物がない人たちのことを考え、部屋でふかふかのベッドに横たわれば、野宿するホームレスたちを思い浮かべました。この素晴らしい環境を提供してくれたJICAに感謝し、日本人全員の夢が叶うようにと祈ります。

来日してから私は仏教の師に尋ねました。「どうして日本はこれほどに繁栄し、世界中の人々に学びの機会を提供できるようになったのか。」師の答えは「仏教のおしえで、分け与えるほど受け取るものも大きい」というものでした。
一方で、数日前に食堂で出会ったある日本人の青年は大阪にも行ったことがないと言います。ブータン人の研修仲間と、「東京の研修センターの運営費だけで我が国の国家予算を超える」とよく話していますが、莫大な資金を投入し私たちに研修を提供してくれていることに心から感謝し、師の答えは正しいと思いました。

【画像】研修初日、コーディネーターの小杉弘子さんが「みなさんが日本で生き延びられるかどうかは私たちにかかっています」と言った意味が今はよくわかります。美しくも勇敢な二人のコーディネーターは車椅子の研修員、視覚障害の研修員全員を何処へでも連れて行ってくれました。日本語も方角もわからず道に迷い途方に暮れてしまったら…と想像すると、二人を称えずにいられません。素晴らしい対応に感謝するとともに、ご迷惑をかけたり傷つけたりしていたらお許しください。

研修センターの部屋はとても居心地が良く、食堂スタッフは親切でいつも気にかけてくれ、フロントはチャーミングで誠実な人たちばかりでした。

6週間の研修は充実していて、障害者政策や就労支援、障害当事者の活動などの講義、公共交通機関の乗車体験、大阪研修旅行での温かいおもてなしと黒門市場散策、学校や家庭訪問も…とブータンでは経験できないことばかりでした。

日本人は家族や友人と話す時間もないほど忙しいと思っていましたが、それは間違いでした。二人の日本人と友人になり、一緒に食事をしたり自分のことや家族のことを話したりするとは想像もできなかったことです。中でもJSRPDの川上智子さんは日本で初めて私を食事に誘ってくれた、記念すべき友人です。
私が日本で充実した活動ができたのもJICAとJSRPDのみなさんのおかげであり、私をこの場に立たせるためにご尽力くださったお一人お一人に、心の底から感謝申し上げます。

この6週間はこれまでの人生で最高の日々でした。障害者支援にまい進する人たちの献身ぶりには頭が下がり、おかげで私も母国の障害者のために貢献したいと強く思うようになりました。センターで過ごした一瞬一瞬が、何物にも代えがたい大切な思い出となりました。

【画像】時の流れはリボンのようなもので、いつかリボンをほどいてみれば、この研修で私たちが学んだことが形になっているはずです。我が国を始めJICAが支援した国々で、障害者自立生活センターが設立され、障害者政策が一新され、障害者の教育機会が充実する。それこそがみなさんの努力が実を結んだ証なのです。持てる者は富でお返しをするのでしょう。私たち貧しい者は考え、祈ることでしか応えられませんが、JICAとJSRPDのみなさんの成功と繁栄をお祈りしています。

父親がたくさんのお土産を持って長旅から帰るのを子供が待ちわびるように、私の帰国をブータンの障害者が心待ちにしているはずです。私は仲間たちの希望や期待を裏切ったり、JICAとJSRPDの名に傷をつけるようなことは絶対にしません。越えられなかった絶望の川に強固な希望の橋をかけ、障害者全員が川の向こうのバリアフリーの地に渡って教育を受けられるようにします。

JICAとJSRPDは今日、8本の大きなろうそく(研修員)に灯をともしました。8本はそれぞれの国のろうそくに次々と灯を点けていきます。炎を燃やし続けるのは容易なことではなく、雨や嵐に吹き消されてしまうかもしれません。それでも炎を絶やさなければ、やがて8本が燃え尽きても、受け継がれた何千という灯が空を明るく照らしているはずです。

【画像】みなさんが授けてくれたたいまつを携えて、私はブータンの恵まれない仲間たちが自立生活できるよう導きます。研修で学んだことを足掛かりに、みんなで一歩ずつ山頂を目指します。私にはわかるのです。頂上でJICAとJSRPDの旗をたなびかせ、歓喜の歌をうたう日が必ず来ます。
いつの日か、顔も名前も知らないブータンの障害者の子供たちが、このヒマラヤの小さな国にもたらされた大きな変革を描いた絵を広げて、JICAとJSRPDの功績を称え、歌い祈ることでしょう。

さよならとは言わず、いつかまた会いましょう。この地を去るにあたり、滞在中にご迷惑をかけた方々には謹んでお詫びいたします。去る者は日々に疎しと言いますが、遠ざかるほどまた思いが募るものです。

もし都会の忙しい生活に疲れたら、ヒマラヤの麓に立つ私を思い出してください。さまざまな鳥の歌声、美しい花々あふれる森、山の澄んだ空気でみなさんをおもてなしし、JICAへ恩返しさせてください。

もし妖精があらわれて願いを一つ叶えてくれるなら、私はもう一度この素晴らしい国日本へ来て、JICAセンターのみなさんと大切な友人たちに会いたいです。
私の大好きなフレーズをみなさんへ贈ります。


「わたしはこの生涯を一度しか通らないものと思っています。だから、何か私にできる好意あるいは親切があるならば、それを今わたしにさせてください。それを先延ばししたり、無視したりさせないでください。二度とない人生だから。」

【画像】まもなく出発です。最後にもう一度ありがとうを言わせてください。
みなさんがお元気でご活躍されるよう、神の恵みがありますように。
いつか、どこかで、またはEメールで、お会いしましょう。

Kuenga Chhoegyel,
Bhutan



報告者:人間開発課 2017年12月