暗闇の中で見つけた希望のひかり~Sport for Tomorrow~

2018年4月26日

今から43年前の1975年4月30日、サイゴンの陥落とともにベトナム戦争が終結しました。意外と知られていませんが、ベトナムと国境を接し、ホーチミンルートの一部となったラオスには、戦争中たくさんのクラスター爆弾が投下されました。その一部が現在でも不発弾として残り、毎年死傷者を出しています。ラーさん(Ms. La Dalavong)は、11歳の時に不発弾被害に遭い、両目の視力を失いました。絶望の淵にいたラーさんを救ったのは、同じ境遇の仲間とスポーツでした。

【絶望からの転機】

出会った時の前島会長とラーさん

ラオス北東部のシェンクワン県で生まれ育ったラーさんは、あの日も普段と変わらない日常を過ごしていました。学校帰りに友達と遊びながら、何気なく地面を掘り起こしたところ、突然の爆発音とともに視界が真っ暗になりました。気づいたときはベットの上。目を開けようとしても何も見えません。爆発したのは、ベトナム戦争時代に投下された不発弾でした。ラーさんは爆発の衝撃で全盲となり、勉強が好きでとても活発だった少女は、学校も退学し、絶望で家に閉じこもる日々が続きました。
そんなラーさんに転機が訪れました。当時、JICA草の根技術協力事業「ラオス障害者スポーツ振興プログラム」を実施していた(特活)アジアの障害者活動を支援する会(ADDP)の前島会長と共に、同じく視覚障害のあるアイケオくんがラーさんのもとを訪ねました。ラーさんは、ここで初めて自分と同じ全盲の男の子が、悲観に暮れることなく前向きに生きていることを知りました。前島会長とアイケオくんは、ラーさんに首都ビエンチャンにある盲学校で勉強しないかと必死に説得し、教育熱心な家族に後押しされたラーさんは、単身ビエンチャンで学生生活を送ることになりました。

【スポーツがつないでくれた夢】

2016年ASEANパラゲームinシンガポールでは銀メダルを獲得!中央がラーさん

盲学校がある国立リハビリテーションセンターには、日本政府の支援で建てられた体育館があります。そこでラーさんは、視覚障害者向けのスポーツである「ゴールボール」に出会ったのです。もともと体を動かすことが大好きだったラーさんは、学業の傍ら練習に没頭し、めきめきと実力をつけていきました。
ゴールボールを始めて、ラーさんはこれまで想像したこともなかった新しい世界に出会いました。同じ境遇の仲間との助け合い、初めての海外遠征、国際試合でのメダル獲得・・・すべてスポーツがつなげてくれた大切な宝物だと言います。

【新たな目標に向けて】

日本のパラリンピアンの指導も受けました。ゴールボールのチームメイトとともに。

現在20歳になったラーさんには一つの目標があります。それは、2020年東京パラリンピックに出場すること。「日本人が私に夢を与えてくれた。その夢を、憧れの日本で他の誰かにつなぎたい」と話すラーさん。現在もADDPは草の根技術協力事業を通じて、ラオスにおける障害者スポーツの普及事業を行っています。スポーツは、障害を持つ方の社会参加のきっかけになり、生きる力につながります。今後もJICAは、多様なパートナーと協働して、スポーツを通じた国際協力を行っていきます。