国際理解教育を数学で?伝統模様のしくみを分析し、地域の多文化共生を目指す

国際理解教育をするなら英語か社会科、もしくは総合的な学習の時間...?いいえ、数学で国際理解教育を行います。 今回伺ったのは、JICA東京主催「教員のためのSDGs研修」に参加された、川口市立小谷場中学校の須賀与恵先生。自分たちの暮らす川口に在住しているクルド人に焦点を当てた、数学の授業実践をレポートします。

2022年2月25日

知ることから始める 川口市の多文化共生

【画像】今日は先生の雰囲気がいつもと違う???
色鮮やかな服を着ているのは須賀先生。2019年に教師海外研修で訪問した南部アフリカのザンビアで購入した伝統衣装を着て登場します。「この服に何か数学的に感じるものは?」という問いから、服にプリントされた図形に注目する生徒たち。今回の授業では世界の伝統文化にひそむ幾何学模様から図形に着目します。

「これはどこで撮った写真かな?」と複数の写真を見せます。なんだか中国らしい雰囲気ですが、だんだん見慣れた場所の写真が提示されると「川口駅だ!」と生徒たち。これらが撮影された場所はすべて川口市です。川口は在留外国人の人数が日本全国一位であり、中国人やベトナム人、韓国人、トルコ人など様々な文化背景を持つ人が暮らしています。そして今回、須賀先生が焦点を当てたクルド人もそうです。

クルド人とは、現在のシリア、イラク、イラン、トルコにまたがる地域で暮らしていた、世界最大の少数民族といわれる人々です。様々な弾圧や迫害などの理由から、約2000人のクルド人が日本で暮らしており、そのほとんどが川口市周辺で暮らしています。「教員のためのSDGs研修」ではクルド人協会を訪問し、クルド人の方々がどのような経緯で川口に住むようになり、現在、川口でどのような生活をされているか伺いました。この研修の内容を踏まえ、須賀先生の授業ではクルド人について知ることから、川口での多文化共生を実現することを目指しています。

万国共通の数学を切り口に考える 世界とのつながりを図形から 

クルド人について知ったところで、さっそくクルドの伝統工芸品である「オヤ」や「キリム」を数学的な視点から見てみます。図形をよく見ると、基本となる図形が回転移動や平行移動などを用いて幾何学模様になっていることに気が付きます。キリムの模様を織り込んでいるのは、厳しい大自然の中で生活を送る遊牧民です。
これらは、家庭を守り、慈しみ、幸せを得るために祈りを込めて織り込まれており、それぞれの模様には様々な意味がこめられているそうです。

ここで、今日のミッション!
「図形の移動の仕組みと、基本の作図を利用して、自分のオリジナルな模様を作ろう!」
基本となる図形に自分なりの文化的な意味を込めて設定し、いろいろな移動の方法を使いながら、自分だけの幾何学模様を作ってみます。
はじめは、何を描いていいかわからない生徒や、どんな意味や思いを込めようか悩む生徒たち。友達の作品を参考にしたり、グループで話し合ったり、モチーフに込められた意味をタブレットで調べたりしながら、それぞれ納得のいく、お気に入りの模様を作るために考えます。

【画像】「サッカーで世界が繋がることを願ってサッカーボールを平行移動してつなげた」、「宝石のようにキラキラした自分たちのクラスを表現した」、「2022年はコロナウイルスの影響で失ったものを取り戻す年になりますように」など生徒の込めた思いは様々。
身近なものやインターネットで調べたモチーフを活用しながらも、同じ模様を描いている生徒は誰一人いませんでした。


植物の花弁や葉、雪の結晶や動物の模様など、自然界にはたくさんの幾何学模様が存在します。
人間はその何気ない規則性を分析し、数学的にそれぞれの文化で捉え、生活に活かしてきました。
今回の授業では、文化的には異なるものでも、数学的にみると普遍的なものがその中に潜んでいることに気付かされ、図形から異文化とのつながりを感じることができました。

多文化共生社会をめざして 身近な問題だからこそ生まれる苦悩と葛藤  

 地域の外から見たら、一見簡単そうな「多文化共生」。私自身、教員研修に同行し、クルドの方のバックグラウンドや苦悩や、クルド人の方の多文化共生を目指した活動について当事者からお話を伺い、川口の人たちもクルド人の文化的背景を理解することで共生していくことができるのではないかと簡単に考えていました。
しかし、実際に須賀先生やJICA埼玉デスクの国際協力推進員と話をすることで、異文化に対する相互の理解不足だけでなく、地域コミュニティの希薄化、入管法など、一地域の問題だけではなく、社会の在り方を考えさせられる複雑な問題を含んでいることが分かりました。

川口で生まれ育った須賀先生自身も「クルド人」という存在は知っていたものの、どのような方々なのかを深く知る機会はなかったそうです。しかし、教員研修に参加し、実際にクルドの方とお話をしたことで、多文化共生を実現したいと考えたそうです。実際に身近な問題であることから、学校の授業としてクルド問題を行うことやその扱い方に葛藤することもあったそうです。しかし、身近で難しい問題だからこそ多文化共生にむけて、工夫しながら生徒に伝えることが重要と考え、須賀先生は今回の授業を実践されました。

 「教員のためのSDGs研修」では、普段なかかなか触れることのない問題について当事者の方々の声を聞き、仲間と一緒に色んな視点から問題を見つめ、問い直す機会を提供することを目指しています。自分の経験として今ある社会問題と向き合うことで、生徒たちにもそのリアルな熱量が伝わるのではないかと感じました。


報告者:市民参加協力第一課インターン 土戸友理香