高校生が考える!誰にとっての歴史か?高校生が考える「民族運動」

2021年12月4日、桜美林高校1年G組・世界史Aを担当する桑山裕佳子先生の授業で焦点があてられたのは、「クルド人からみたトルコ共和国の成立と今日の問題」。生徒が世界史を切り口に多角的に考察します。

2022年2月1日

「ジグゾー法」の活用:同じ事象を多角的・批判的に考察させるために

同じ事象に対して複数の視点から捉えるために、桑山先生が試みたのが、「ジグソー法」でした。「ジグソー法」とは、授業の柱となる「問い」を考察するために、その問いに必要な知識を分割して、統合させる実践です。

ジグソー法の基本的な流れは、生徒が元々所属する「ホームグループ」があり、ホームグループから班員が3つのエキスパートグループに分かれ、異なる視点から問いへの理解を深める「エキスパート活動」を行います。そして、エキスパート活動で得た知識やそれに対する個々の意見を、ホームグループに持ち帰って共有し、問いについて考える「ジグソー活動」で成り立ちます。

この授業で設定されたクラス全員に共通する問いは、「クルド人の独立運動は果たしてテロなのか?」というものでした。この問いは、桑山先生が2021年に参加した「教師国内研修」で聞いたあるクルド人の言葉からから立案されたものでした。

最初のエキスパート活動では、「列強の視点」、「クルド人の視点」、「トルコ人の視点」の計3つの視点からトルコ共和国が成立した背景を探求しました。なぜなら、クルド人の独立運動は、オスマン帝国から現在のトルコ共和国への過渡期に始まったからです。

【画像】エキスパートAグループでは、列強の視点から「セーブル条約とは?」や「ローザンヌ条約とは?」という問いによって、クルド人の独立を揺るがした条約について生徒が探求します。

Bグループでは、クルド人の視点から、「クルド人にとって、ケマル・パシャはどのような人物として語られていくと思いますか?」や「トルコ共和国の成立は、クルド人にとってどのようなものであったと考えられますか?」という問いによって、クルド人から見たトルコ共和国の成立を考えます。

Cグループでは、トルコ人の視点から、「ケマル・パシャによる一連の改革の狙いは何ですか?や「トルコ人にとって、ケマル・パシャはどのような人物として語られていくと思いますか?」という問いによって、当時のトルコ人の視点から現在のトルコ人の視点まで発展させ、トルコ共和国の成立を捉えます。

クルド人問題と日本社会:「遠い国の出来事ではない」 

授業の展開では、導入で知りえた知識を踏まえ、今度は日本にいるクルド人が抱える問題に焦点を当てます。過去に遠い場所で起きた問題が、現在の日本にも影響を与えているのです。そのつながりを明らかにし、日本で暮らすクルド人との共生という課題を、生徒が多面的に捉える試みが展開されました。

最後のエキスパート活動における問いとして設定されたのは、「①2つの地図(セーブル条約時の国境線とローザンヌ条約時の国境線)からわかることは?」、「②現在、日本で暮らすクルド人に何が起きているのでしょうか?」、「③現在、日本政府がクルド人を難民として認めていないのはなぜでしょうか?」というものです。

【画像】①のグループは、クルド人が独立運動をする契機となった歴史的事実を、②のグループでは、入国管理法により現在クルド人が難民に認定されていない事実を探究します。そして、③のグループは、クルド人がトルコ政府と対立していることを主な背景に、日本においても難民認定されない状況を明らかにしていました。

最後のホームグループ活動で、①~③を統合させて議論することで、歴史が現在のクルド人の深刻な事態に深く関わっているということに気づき、クルド人を取り巻く現在の日本社会の課題を歴史的観点で捉えて考えることができました。生徒のこの授業における「学びの軌跡」を以下に抜粋します。

「トルコ人やクルド人の視点から歴史の流れを見てみると、歴史の中の様々な事象に対し、感じ方が異なった。この授業で、自分を中心として何事も考えて行動するのではなく、相手の立場や色々な人の気持ちになって物事を考えることが大切だと学んだ。」

「ひとりひとりを『個人』としてみることが大切だと考える。偏見やうわさを信じず、集団という枠で見ず、個人同士で関わったとき、常識などはないと思う。個人で共通点を見出し、そこから仲良くなることは、日本人間だけでなく、多文化共生社会の中でも大切だと思う。」

主体的な思考の重要性:複雑に視点が絡む問題だからこそ  

視点を変えるだけで捉え方や感じ方が変わってしまうような問題に対して、ひとつの視点から語られた「答えを知る」に留まるだけでは、社会の課題に対する根本的な解決にはつながりません。複雑な問題だからこそ、生徒が主体的に多角的な視点から捉え、向き合っていくことが重要だと感じます。

【画像】こうした生徒の主体的な思考を引き出す工夫として、ジグソー法によって考える際の視点の偏りを減らすのに加え、エキスパート活動の調べ学習における情報源の幅広さと自由度の高さがありました。情報源の調べる手段は教科書や資料集、インターネッとなどと、何を活用するかは生徒に任せていて、自由で幅広い情報・知識へのアクセスが許されていました。

もちろんここには、生徒たちが信頼できるソースから情報を収集しているかどうかという危険性も存在します。そこを補うのが、各グループを覗きながら歩き回る桑山先生です。生徒たちが信頼できない情報や間違った情報を利用していたら、すかさず先生が修正したり助言したりしていました。

このように、教材の種類、そして情報源を自由に幅広く設定することで、知識を与えられるのを待つ、先生からの答えの提示を待つのではなく、自分の思考力と主体性を使って見つけ出す、引き出すような形がとられていました。「クルド人問題」のような複数の視点が絡むものだからこそ、偏った視点から提示された情報を受動的に学ぶのではなく、多角的な視点から生徒が主体的に調べ、考えるプロセスが重要ではないでしょうか。

報告者 JICA東京市民参加協力第一課 インターン 中村祐子