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農業技術の普及に日系移住者が大きく貢献(パラグアイ)

2010年05月17日

日本人の海外移住は、1868年、ハワイへの移住から始まりました。太平洋戦争中の中断を経て戦後に再開され、日本が昭和30年代にアルゼンチン、パラグアイ、ブラジル、ボリビアの4ヵ国と移住協定を結んでからは、多くの日本人が南米に渡りました。

パラグアイに渡った人々は、まず首都アスンシオン近くのラ・コルメナ移住地や北部のアマンバイ移住地に入植しました。当時の日本海外移住振興株式会社(後に海外移住事業団となり、JICAの前身である海外技術協力事業団と合併)は、同国東部に三つの移住地(イグアス、ピラポ、ラパス)を造成。1955年にラパスへの入植が始まったことで日本人の入植が急増しました。パラグアイの日系人数は、その子弟を含め、現在は7,000人を超えるほどになっています。

入植した人々は密林を切り開き、土地を開墾することから農業を始めたものの、日本と異なる気候や土壌条件の下では作物がうまく育たず、多大な苦労を経験しました。人々が安定的に農業を続けられるよう、移住地には指導農場が設立され、適正作物の導入など、入植者の営農技術を支援してきました。

日系移住者を通じ、農業技術が普及

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機械を使って大豆を脱穀する日系移住者

各入植地の指導農場はその後、試験研究機能を備えた試験農場となり、技術の普及活動も実施。パラグアイ国内に三つあった試験農場は統廃合され、1962年に設立されたイグアス指導農場を前身とするパラグアイ農業総合試験場(CETAPAR)にその機能が集約されました。

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CETAPARの農牧輪換の試験区。同じ土地で牧畜と畑作を交互に行うことで、地力を維持・増進することができる

日系移住者は当初、トマトなどの野菜を栽培していましたが、収益が伸び悩み、試行錯誤の結果、大豆と小麦の栽培に着手。CETAPARによる新品種の栽培試験や技術指導により、農業経営は軌道に乗り始めました。その後、大型機械の導入による作付面積の拡大や、国家政策により大豆栽培が奨励されたこともあり、パラグアイの大豆生産は世界第6位を誇るまでに成長しました。

農業だけでなく、日系移住者はパラグアイの人々の生活にも変化をもたらしました。日系移住者が野菜栽培を始めたことでパラグアイ人にも野菜を食べる習慣が広まり、同時に栽培技術も普及していきました。また、1990年代からはCETAPARによるパラグアイ人農家や農業普及員を対象とした技術指導が本格化し、地域の農業振興に大きく貢献しました。特に、持続的な農業を可能にする不耕起栽培(注)や、農業と牧畜を交互に行うことで収益性を確保しつつ地力を維持する「農牧輪換」技術など、日系人が取り入れた技術は、パラグアイの農業に大きなインパクトを与えました。

東部地域のさらなる農業発展のために

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CETAPARの農薬・肥料成分分析ラボラトリー

日系移住地の農業経営が安定したことで、当初の目的はほぼ達成されたとの評価を得、JICAは2001年から現地への移管体制の構築を目的として、技術協力プロジェクト「パラグアイ農業総合試験場プロジェクト」を開始。組織の構築や人材育成に加え、パラグアイ東部地域に適用可能な持続的畑作技術の開発、検査・分析の公的認証機関となるための技術向上を支援。さらに、地域全体の安定的な農業生産のために、巡回技術指導を行い、周辺農家が必要とする支援に応えました。プロジェクトは2010年3月に終了し、同農業試験場はパラグアイ国内の五つの日系農業協同組合で構成される日系農協中央会に移管されました。

約30年前に国際協力事業団の職員としてCETAPARに派遣され、さらに2005年から2010年まで、プロジェクト専門家としてCETAPARの場長を務めた有賀秀夫氏は「30年前、入植地はまだジャングルだった」と当時を振り返るとともに、「移管後のCETAPARが『日系移住者の顔が見えるパラグアイへの貢献の拠点』として、いかに活用されていくかが鍵になると思う」と、今後のCETAPARが果たす役割への期待を語っています。

4月15日には「新生パラグアイ農業総合試験場」開所式が行われ、パラグアイ側からは、エンソ・カルドーゾ農牧相、イグアス市のロベルト・ラミレス市長のほか、日本側からは渡部和男在パラグアイ日本大使をはじめ、120人を超える多くの関係者が列席しました。開所式では、日系農協中央会の後藤吉雅会長が、CETAPARの歴史を振り返るとともに新体制を紹介。これまでの支援に対する関係者への謝意のほか、新しい農業総合試験場の抱負を語りました。

今後CETAPARは、大豆、小麦などの優れた品種の種子生産と販売を行うほか、営農・農業技術指導、作物の試験栽培の受託、土壌・農薬分析、肥料成分の検定などのラボ業務を活用し、パラグアイにおける畑作農業振興の一大拠点となることが期待されています。


(注)畑を耕さずに行う農業。土壌流亡の緩和、播種作業の省力化が可能となる。