JICAボランティアの育成選手たちが「世界剣道選手権」に出場

2015年6月17日

ポーランド、セルビア、JICAに分かれて行われた団体戦の練習試合

「イチ、ニ、サン、シ!」。5月27日の夜、JICA東京(東京都渋谷区)の講堂には、かけ声とともに熱心に剣道の素振りをする青い目の剣士たちの姿があった。

5月29日から31日に日本武道館で開かれた「第16回世界剣道選手権大会」に出場するために来日したポーランドとセルビアの代表選手たちだ。

中・東欧、中南米で活躍する剣道指導のボランティア

礼や黙想から防具の手入れまで、技術以外の指導も行っている

世界剣道選手権大会は、国際剣道連盟の主催で1970年に第1回大会が東京で開催されて以来、3年ごとに開催されている。日本での開催は、第1回の東京、第3回の札幌、第10回の京都以来18年ぶり。剣道はオリンピック競技ではないため、実質的にこの世界剣道選手権が世界一を決める最大の大会となる。

今大会には56ヵ国から約560人が出場。ポーランドからは14人(男子7人、女子7人)、セルビアからは7人(男子6人、女子1人)の選手が来日した。両国の選手たちはこの日、「JICA剣友会」と練習試合を行うため、JICA東京の講堂に集まった。両国とJICAをつないでいるのは、JICAが派遣したボランティアだ。

JICAは1992年からこれまで、中・東欧、中南米を中心とした13ヵ国に、剣道指導のボランティアを派遣している。これまでに派遣したボランティアの数は、青年海外協力隊、シニア海外ボランティアを合わせて延べ58人。中でも、かつての派遣国であるハンガリーでは、初代隊員の阿部哲史さんが20年以上にわたって現地に根づいた指導を行った結果、前回の世界剣道選手権大会の男子団体戦で第3位に入賞するなど、目覚ましい実績を上げている。

武道の人気が高いポーランドの剣道事情

JICA東京で行った稽古で、ポーランドの選手たちにアドバイスをする高橋さん(左端)とビエルコーチ(左から2人目)

この日、選手たちの稽(けい)古の手配に奔走していたJICA東京NGO連携課市民参加協力調整員の高橋静さんは、2002年4月から2004年6月まで、青年海外協力隊の剣道隊員としてポーランドに赴任した経験を持つ。ポーランドでの剣道の歴史は、1973年に早稲田大学からの留学生が剣道を伝えたのが始まりといわれ、かつてはヨーロッパ諸国向けの剣道セミナーを開催するなど、ヨーロッパの剣道をけん引していた時代もあった。しかし、日本人の指導者が定着しづらいなどの事情から、なかなかレベルアップできずにいた。

ポーランドの競技人口は、初心者から有段者まで含めて約400人。もともと、合気道や柔道、空手など日本の武道への関心は高く、漫画やアニメ、時代劇映画の影響を受けて剣道を始める人も多いという。高橋さんの任務は、国内にある剣道クラブを巡回し、初心者から指導者まで、それぞれのレベルに合わせた指導を行うことだった。巡回先では、日本では使用できないボロボロの防具を、みんなが交替で使っている姿に衝撃を受けるとともに、竹刀の代わりに木を削って木刀を作り、稽古に励む選手たちの熱意に感銘を受けた。

「特に印象的だったのは、お互いに礼をするのはなぜか、黙想する時にはどちらの手が上になるのかなど、一つひとつの動作の意味を聞かれたこと。長く競技剣道に取り組んできたが、海外で指導を行う経験を通じて、武道としての理念や、礼法や所作に込められている真義を理解できていなかったことに気付かされた」と高橋さんは振り返る。

来日したポーランドの選手団の中には、かつて高橋さんが指導した選手もいる。男子キャプテン、女子キャプテンとして来日したマリウシュ・ヴィアルさんとアグネシュカ・ヴィアルの兄妹だ。さらに、女子選手団のコーチを務めるビスワフ・ビエルさんは、高橋さんのカウンターパート(注1)だった人。カウンターパートになったことを機に剣道を始め、高橋さんの帰国後は、コーチとして女子選手の育成に尽力してきた。かつての教え子やカウンターパートの活躍に、「指導者冥利(みょうり)に尽きる」と高橋さんも感慨深げだ。

ボランティア派遣中のセルビア

セルビアの選手たちの素振りを見つめる柏木さん(中央奥)

一方、セルビアは、JICAが現在、ボランティアを派遣している国の一つ。選手団に同行した柏木幹夫さんは、剣道指導のシニア海外ボランティアとして2013年10月から今年9月末までの予定でセルビアに赴任している。ポーランドと同様にセルビアの剣道の歴史も古く、始まりは30年以上前のユーゴスラビア時代にさかのぼるという。その後、内戦という不幸な歴史を経ながらも、剣道は脈々と続いてきた。そして2010年、日本文化の理解につなげたいというセルビア政府の要請に応じて指導ボランティアの派遣が実現した。現在の競技人口は200人程度だが、セルビア政府は剣道のレベルアップとさらなる普及を目指している。

この日の稽古には、柏木さんの前任者で2代目指導者の松村光典さんと、初代指導者の森陽(あきら)さんも見学に訪れた。短期ボランティアとして初めてセルビアに赴任した森さんは「当時、セルビア人の指導者はいたが、あちこちで聞きかじった情報で剣道を教えていたので、練習方法もスタイルもバラバラ。それが今では形になり、国を代表する選手になって日本に来てくれたのがうれしい」と語った。

世界選手権の後も続く剣士たちの挑戦 

今回の世界選手権には、ポーランドやセルビアのほかにも、ハンガリーやブルガリア、ルーマニア、トルコなどから、かつてJICAボランティアたちが育成した選手が多数出場。ハンガリーが前回に続いて男子団体戦で3位に入賞したほか、ポーランドの選手が、男子個人戦でヨーロッパ勢初のベスト8入賞を果たすなど、その実力を証明した。また会場には、それぞれの国で活動していた剣道隊員経験者たちが多数駆けつけ、応援も盛り上がりを見せた。

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大会に集ったJICAボランティア受け入れ国の選手と歴代の剣道隊員

ポーランドとセルビアの選手は、団体戦の予選リーグ突破を目標に掲げ、善戦するも、両国とも1本差で、決勝リーグに駒を進めることはかなわなかった。しかし、「剣道にはこれで十分というゴールはない。まさに人生を通して行う終わりのない修行」(ビエルコーチ)、「練習する度に、精神的な成長を実感できるのが剣道の魅力。昇段したり、大会で優勝したりというのは、その時々の目標でしかない。これからの長い人生もずっと続けていく」(マリウシュさん)と頼もしい。剣道に真摯(しんし)に向き合う彼らの姿に、高橋さんは「歴代の剣道隊員が託したバトンを現地の剣士が引き継ぎ、技術力の向上だけでなく青少年の育成分野でも大きな役割を果たしている」と感じている。青い目の剣士たちの挑戦は、これからも続いていく。

JICAはこれまで、多くの開発途上国で柔道やバレー、野球、水泳などの競技指導、学校での体育教育普及、障害者スポーツの普及などを目的にボランティアを派遣し、各国のスポーツ振興を支援してきた。今後は、2020年東京オリンピック・パラリンピックの招致で、安倍晋三首相が提唱した「スポーツ・フォー・トゥモロー」(注2)に基づき、さらに積極的にスポーツや障害者スポーツの指導者・支援者の派遣などを行っていく。


(注1)国際協力の現場で技術移転や政策アドバイスなどの対象となる組織、または行政官や技術者のこと。
(注2)SPORT FOR TOMORROW は、2014年から東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会を開催する2020年までの7年間で開発途上国をはじめとする100カ国以上・1000万人以上を対象に、日本政府が推進するスポーツを通じた国際貢献事業。世界のよりよい未来を目指し、スポーツの価値を伝え、オリンピック・パラリンピック・ムーブメントをあらゆる世代の人々に向けて広げていく取組みです。