北澤豪さん サッカー沸騰カンボジアを行く——カンボジア サッカー発展の裏には日本が

2015年12月2日

成長を遂げるカンボジアのサッカー

3万人の観衆で沸くオリンピックスタジアム

2015年11月17日。その日カンボジア・プノンペンのオリンピックスタジアムでは、熱い戦いが繰り広げられていた。2018年FIFAワールドカップ・アジア2次予選の日本・カンボジア戦である。日本は、9月のホーム戦に続き、カンボジアでのアウェイ戦を戦っていた。スタジアムはほぼ満員。人口の平均年齢が25歳というカンボジアだけあって、観客のほとんどが若者で、スタジアムは熱気につつまれている。近年カンボジアでは急速にサッカー人気が高まっており、本田圭祐や香川真司など日本のサッカー選手も知られている。

しかしカンボジアのFIFAランキングは180位と、58位の日本とは大きな差がある(2015年9月3日時点)。当初、9月のホーム戦では圧倒的な差がつくと思われていたが、日本は勝利したものの3−0に留まった。そしてこの日のアウェイ戦の結果は2−0。カンボジアは負けたものの、前半を0−0に抑えるなど善戦し、日本のメディアは「日本、カンボジアに辛勝」と報道した。

このカンボジア代表チームの健闘を、喜んでいた日本人がいる。元サッカー日本代表、JICAオフィシャルサポーターの北澤豪さんだ。今回の試合のテレビの実況中継では解説を担当した。

北澤さんはJICAの派遣を含め、過去10数年間に10回近くカンボジアを訪れて、開発支援の現場を視察したり、サッカー指導をするなど、同国の発展やサッカー界の成長を見守ってきた。そんな深いつながりのあるカンボジアのサッカーの成長が嬉しかったのだ。

審判指導員として活躍するシニア海外ボランティアの唐木田さん(右)

今日のカンボジアサッカーの発展の裏に、日本の貢献があることはあまり知られていない。JICAは2007 年から選手や審判の指導を行う青年海外協力隊やシニア海外ボランティアを派遣している。今回の日本・カンボジア戦で活躍した出場選手のうちコウン・ラボラヴィ氏、プラク・モニ・ウドン氏は、JICAボランティアがかつて指導した選手で、北澤さんも彼らの活躍を高く評価した。

一方、カンボジアでは日本の協力がよく知られている。FIFAカンボジア事務局長であるトラ氏は、北澤さんに「JICAのサッカー支援にとても感謝している。我々はサッカーを通じて若者に夢を与えたい」と語った。また試合後に訪れたレストランでは、オーナーの女性が北澤さんにこう言った。「今日の試合はカンボジアが負けてしまったけれど、日本がサッカーの支援をしてくれていることに感謝している」。一般の人まで日本の支援を知っていることに北澤さんは驚いた。

国をあげたサッカー選手育成

広大なアカデミーの施設に驚く

アカデミー監督を務める青年海外協力隊員の壱岐さん(左)と語る

首都プノンペンから南に車で1時間半ほど下ったタケオ州に、カンボジアのフットボールアカデミーがある。FIFAの支援によりカンボジア政府が2013年に設立した全寮制のサッカー学校だ。生徒25人の生活費や衣服費は、カンボジア政府が全て負担。大変恵まれた環境である一方で、定期的な入れ替えがあるため、生徒たちも気を抜けない。

11月17日の日本・カンボジア戦後にこのアカデミーを訪れた北澤さん。まずはその恵まれた環境に目を見張った。「敷地内に天然芝のサッカーコートが4面。寮や食堂、研修施設もあり、サッカーに集中できる環境が完備されている。こんなに恵まれた環境は日本にもない。サッカー育成にかけるカンボジア政府の本気度を感じます」

近隣の公立学校で学ぶアカデミーの生徒

同アカデミーはカンボジア全土から選ばれた生徒たちが集まっている。ここで監督を務めるとともに15歳以下が対象のU-15カンボジアナショナルチームの監督を務めるのは、青年海外協力隊員の壱岐友輔さんだ。壱岐さんはJリーグJ1のベガルタ仙台が運営する「ベガルタ仙台アカデミー」でプロのコーチとして14年間指導に当たったほか、小学生を対象とした「ベガルタ仙台ジュニア」を全国強豪レベルに引き上げ、監督として全国大会で優勝に導いた実績もある。

壱岐さんはサッカーの指導はもちろんのこと、生徒たち一人ひとりの生活の面倒もきめ細やかに見ている。比較的裕福な家庭の子もいれば、貧しい家庭の子もいる。文字が書けなかったり読めなかったりする子もいる。アカデミーに入る前に、栄養が十分にとれていなかった生徒たちもおり、体格にも差がある。

アカデミーの練習に参加

アカデミーの生徒に語りかける北澤さん

こうした様々な背景をもつ生徒たちが可能性を発揮できるよう、壱岐さんは食生活改善を含めた生活指導を行っている。また近隣の公立学校に行くよう指導している。文字が読み書きできることはサッカーが上達するためにも重要だが、それ以上に生徒がサッカーをやめてもきちんと生活できるようにすることを重視している。「自分が取り組んでいるのは、サッカーを通じた人材育成」と壱岐さんは言う。北澤さんも「日本のスポーツ界も、選手のセカンドキャリアをどうするかという課題を抱えている。サッカー以外でもしっかりと人生を歩めるよう、教育を受けることはとても重要だと思う」と語った。

北澤さんはアカデミーでの練習に一時間ほど参加。壱岐さんがクメール語で次々と指示を繰り出す中、北澤さんも精力的に生徒たちを指導した。生徒の身体能力の高さとサッカーにかける強い思いに感心した北澤さん。練習の最後には全員にこう語りかけた。「君たちがカンボジアサッカーの将来を担っている。先日の日本・カンボジア戦で健闘したカンボジア代表のように、国民を勇気づける、国を変えられるようなプレイヤーになってほしい。日本と、そしてアジアの国々と一緒になって、アジア全体のサッカーのレベルを上げていこう」

経済成長の裏にあるもの

今年4月に開通した通称「つばさ橋」を視察

北澤さんのカンボジア訪問は3年ぶり。しかしこの間の急速な変化に驚いた。プノンペン市内には高層ビルが建ち、AEONショッピングモールに若者が詰めかけ、多くの日本食レストランがオープンし人気を集めている。北澤さんは日本の無償資金協力により今年4月に開通した通称「つばさ橋」も訪れ、多くのトラックやバスが行き交う様子に躍動するカンボジア経済の今を実感した。一方で渋滞が深刻化した都市問題や、都市と地方の格差など、発展に伴う課題が顕在化していることを痛感。「カンボジアは発展の道を歩みつつあるが、取り残された人たちのことを忘れてはいけない。正しい道を進むことができるよう、日本はこれからも見守っていく必要がある」

さらにこう語った。

「国が正しい方向に進んでいくためには人材が重要。フットボールアカデミーで壱岐さんが取り組んでいることも、国を担う人材の育成だと思う。アカデミーの選手がもつ影響力はとても大きく、カンボジア国民の模範になる。彼らが国のサッカー代表になったとき、国に対して恩返しをしようと思うような人材になってほしい」

経済成長を遂げるカンボジアを象徴するかのように、力をつけはじめたカンボジアのサッカー選手。日本も2020年の東京オリンピックに向けて展開する「スポーツ・フォー・トゥモロー」(注1)や、今年9月にJICAがJFA、Jリーグと締結した連携協定を核に、カンボジアサッカーの成長を後押しする。

5年後、10年後のカンボジア代表の成長が楽しみだ。

(広報室広報課 野村 留美子)

(注1)SPORT FOR TOMORROW は、2014年から東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会を開催する2020年までの7年間で開発途上国をはじめとする100カ国以上・1000万人以上を対象に、日本政府が推進するスポーツを通じた国際貢献事業。世界のよりよい未来を目指し、スポーツの価値を伝え、オリンピック・パラリンピック・ムーブメントをあらゆる世代の人々に向けて広げていく取組みです。