ラオスにいったい何があるというんですか?−不発弾、障害者スポーツ、そして心豊かな人々−

高橋尚子さんのラオス視察レポート

2016年2月26日

村上春樹氏の紀行文集『ラオスにいったい何があるというんですか?』に登場したことで、ひそかに注目を集めている東南アジアの国・ラオス。そのラオスを、2016年2月、JICAオフィシャルサポーターの高橋尚子さんが初めて訪れた。

メコン川の流れのようにゆるやかに、おだやかな時が流れるラオス。そこで暮らす人々もゆったりと温かい。この国に住む日本人は口をそろえて「ラオス人はシャイで、争いを好まない」と言う。

一人あたり最多の不発弾を抱える国

そんな一見おだやかな国だが、実は東南アジアの最貧国(注1)だ。そしてこの国の開発を阻んでいる深刻な課題がある。不発弾問題だ。日本ではあまり知られていないが、ラオスは一人あたりで最も多くの爆弾が落とされた国である。1960年代から1970年代にかけて行われたベトナム戦争で、北ベトナム軍はラオス・ベトナム国境近くの「ホーチミンルート」を使って武器や物資を輸送した。そのルートを中心に米軍が落とした爆弾は2〜300万トン、クラスター弾は約270万個にのぼり、そのうち30%が不発弾として残ったといわれる。不発弾が残る土地は、農業をするにも学校や病院を建設するにも事前の調査や除去活動が必要であり、開発を遅らせる原因になっている。

UXO Laoサラワン局の前に積まれた不発弾

今回高橋さんは、不発弾による被害が深刻な県の一つである南部のサラワン県を訪れた。JICAは昨年より「不発弾除去組織(UXO(注2) Lao)における管理能力強化プロジェクト」(技術協力プロジェクト)を実施しており、カウンターパートであるUXO Laoはここサラワン県でも活動を行っている。

UXO Laoサラワン局トンブイ所長より説明を受ける

「サラワン県だけでも2015年のみで約6,000個の不発弾が見つかっています。現在の技術・機材で処理できるのは年間370〜400ヘクタール。昨年だけで5名が爆発により亡くなり、3名が怪我をしました。1997年不発弾の実態調査を行いましたが、処理が済んでいるのは全体の1%にすぎません」

UXO Laoサラワン県のトンブイ所長はこう高橋さんに話し、処理には長い年月がかかると語った。

不発弾の被害者に話を聞く高橋さん

高橋さんは不発弾の被害者3名にも話を聞いた。いずれも不発弾により深い傷を負い、生活や仕事に支障が出るようになってしまった人たちだ。「どこで被害に遭われたのですか?」と高橋さん。「料理のため火を起こしたところ、その熱で地中にあった不発弾が爆発したんです」と口を揃える女性2人。うち1人は3日間意識を失い、手術で腸を1メートルも切る大怪我をしたという。男性は「農作業のため杭を打ったところ、運悪く不発弾にあたり、被爆し片足を失いました」と言葉少なげに語った。「怪我をして初めて不発弾の問題を知った」という3人。高橋さんは「村の人々が、危険と隣り合わせの生活を送っている現実に衝撃を受けました。この人たちにとって、戦争はまだ終わっていないのだと思います。不発弾回避教育・啓発活動の重要性を痛感します」と深刻な面持ちで語った。

不発弾教育・啓発現場で子供たちとふれ合う

「不発弾除去組織における管理能力強化プロジェクト」の専門家で、高橋さんの案内役を務めた林明仁さんは言う。「カンボジアの地雷問題が比較的知られている一方で、ラオスの不発弾問題はあまり知られていません。カンボジアが内戦による地雷被害が中心であるのに対し、ラオスは隣国の戦争に巻き込まれた結果の被害である事実はもっと知られてもいいと思います。また、日本にも沖縄をはじめとして不発弾が残っており、不発弾の問題は日本にとっても決して他人事ではありません」

灌木除去機の研修現場

不発弾回避教育・啓発活動現場や、不発弾の処理現場を視察した後、日本の平和構築無償で供与された灌木除去機の研修現場を視察。散乱する灌木は不発弾除去に大きな障害となっているため、この除去機を使うことによって処理を加速することができる。地雷問題を抱えるカンボジアでも同除去機が40台供与されている。

「この除去機によって、これまで不発弾の除去に1ヘクタールあたり約15日かかっていたのが、4日程度に短縮されます。今後、研修を通じて除去の効率を上げていきたい」と語るUXO Lao職員。日本の除去機がもたらす処理の迅速化を心強く感じた高橋さん。「でも残された不発弾はとてつもなく多く、今後も途方もない努力が必要だとわかりました。日本がラオスとタッグを組んで、この問題に取り組んでいく必要があると思います。日本の人たちにもこの現状を知ってほしい」と語った。


(注1)一人当たりGNIは$1669と隣国タイ($5,648)やベトナム($1916)より低い(2014年)。内陸国かつ国土の8割は高地で、地方へのアクセスに課題が残る。また乳幼児死亡率は1000人あたり68人(2011年)、妊産婦死亡率は10万人あたり357人(同左)と東南アジアでも低い水準にある。

(注2)UXO:unexploded ordnance(不発弾)の略。

ラオスの障害者とスポーツ

不発弾による障害者を含め、ラオスには人口の8%、およそ53万人の障害者がいるといわれるが(出典:2012年ラオス障害者協会調査)、その実態は不明確なところが多い。そんな中、ラオスの障害者スポーツを長年にわたり支援している日本のNGOが、アジアの障害者活動を支援する会(ADDP)である。JICAはADDPの活動を草の根技術協力制度を通じて連携している。

2020年東京五輪・パラリンピックのアスリート委員長に就任したほか、障害者スポーツ支援にも取り組んできた高橋さん。ラオスの首都・ビエンチャンでADDPの活動現場を訪れた。

高橋さんが会ったのは、ADDPの羽根裕之さん。障害者陸上を指導するためラオスに派遣されている。羽根さん自身、もともと陸上選手だったが、業務中の事故で左手を動かすことができなくなった。

「左手を失ったことで、最初はとても荒れて、すぐに喧嘩したりした時期もありました。でも障害者陸上に出会ったおかげで、人生が一変しました。やりがいを見つけたんです」

そして羽根さんは世界陸上の幅跳びで日本記録を達成。多くの仲間にも出会った。そして、自分をもっと必要としている人がいるのではないかと思っていたところ、ラオスで活動するADDPの存在を知った。

ASEANパラリンピックで銅メダルを獲得したポン選手

そして2015年11月ラオスへ。指導を始めて1か月後に開催されたASEANパラリンピックで、指導したポンさん(視覚障碍者)が銅メダルを獲得するなどの快挙もあった。

しかしラオスの障害者スポーツを取り巻く環境は厳しいという。「そもそも障害者が家から出る機会が少なく、スポーツが出来ることを知らない人が沢山います。知っていても、指導を受けにビエンチャンまで自力で来ることが非常に難しい。クラブもなければ実業団もなく、定期的な練習環境がないんです」

ADDPの羽根さんと

そんな厳しい状況を踏まえつつも、東京オリンピックの2020年に向けた抱負を高橋さんから聞かれた羽根さん。「障害者スポーツのすそ野を広げていくことが大事だと考えています。障害者も健常者もない世界をつくりたい。東京パラリンピックに、ラオスの選手団の一員として、選手を連れていくのが今の夢です」と笑顔を見せた。

そんな羽根さんの熱い思いを聞いた高橋さん。「ご自身も障害を負うなど逆境に見舞われながら、『ラオスの障害者スポーツのために今の自分がある』と言い切る姿に感銘をうけました。2020年の東京五輪・パラリンピックに向けて、こうして途上国の障害者スポーツの底上げを支援していくことはとても意義のあること。ADDPや羽根さんの活動はそのロールモデルになると思います」と語った。

学び、学ばれる関係

ほかにも青年海外協力隊や技術協力プロジェクトの活動現場などを精力的に視察した高橋さん。約1週間の視察を振り返ってこう話した。

「最貧国といわれるラオスですが、人々はとても温かく、他人との関係をとても大切にしています。日本は経済的には豊かだし、便利な反面、失われたものも多い。便利なことが豊かであるとは限りません。私たちからラオスから学ぶことも多いと思います」

「でも今回視察した不発弾の問題や障害者支援など、まだ日本が手を差し伸べなければならない課題も多い。ラオスの人々が、安心して暮らしたり、能力を発揮できるよう、協力を続けていく必要があると思います」

2020年東京オリンピックを4年後に控え、スポーツ・フォー・トゥモロー(注3)を通じた国際協力を推進する日本。ラオスの人々から学び、ラオスの人々が学ぶ協力が、これからも続く。

(注3)SPORT FOR TOMORROW は、2014年から東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会を開催する2020年までの7年間で開発途上国をはじめとする100カ国以上・1000万人以上を対象に、日本政府が推進するスポーツを通じた国際貢献事業。世界のよりよい未来を目指し、スポーツの価値を伝え、オリンピック・パラリンピック・ムーブメントをあらゆる世代の人々に向けて広げていく取組みです。

(広報室広報課 野村 留美子)