【特集】命と健康を守る国際協力−伊勢志摩サミット開催に寄せて(2016年5月26、27日)

2016年5月20日

開発途上国では、適切なサービスを受けられずに多くの人々が命を失っています。
人はまさに社会の富であり、人の健康なくしては国や地域の発展を望むことはかないません。保健分野の協力にかけがえのない命を守るという人道的な意義があることは言うまでもありませんが、社会的・経済的な意義も高く持っています。

2015年9月の国連総会において、SDGs(注)が採択されました。掲げられた17の目標(ゴール)の一つである「あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を推進する」に、保健分野の協力は密接に関係しています。

そして、2016年5月26、27日に三重県志摩市で開催される「伊勢志摩サミット」の主要議題の一つにも「保健」が挙げられており、「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の推進に向けて、エボラ出血熱などの教訓を受けた公衆衛生危機への対応や、母子保健から生活習慣病・高齢化までを視野に入れたライフコースを通じた保健サービスの確保等」について議論が行われる予定です。

−「伊勢志摩サミット」については詳しくはこちらをご覧ください。

JICAは「すべての人々が恩恵を受けるダイナミックな協力」という事業ビジョンのもと、保健分野では、「保健システムの強化」「母子保健の向上」「感染症対策」の各課題改善に貢献しています。最前線の現場で事業を支援する一方で、中央政府レベルに働きかけるという多様な支援の仕組みが、JICAにはあります。その特性を生かしながら、国際社会における目標達成を目指し、今後も着実に取り組んでいきます。

ここでは、伊勢志摩サミットに寄せて、近年世界的に重視されているUHC推進に向けた取り組みや、日本発祥「母子手帳」の運用の広がり、また、エボラ出血熱などの大規模な感染症対策について取り上げ、保健医療分野の礎を築いた専門家たちを紹介します。

すべての人が保健・医療サービスを受けられる世界を目指して

【ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)】
日本の医療保険制度では、すべての国民が診療費の一部を負担するだけで同じ質の医療サービスを受けることができます。しかし世界では、治療費が支払えないために患者が受診を敬遠したり、治療費を工面するために困窮化を余儀なくされたりするケースが極めて多く存在します。そうした状況を改善するため、「世界中のすべての人が必要な時に適切な保健・医療サービスを負担可能な費用で受けられる」ようにするという、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の考え方があります。

北岡理事長(左)とビル・ゲイツ共同議長(右)

JICAは、国際会議の場などで、日本のUHC達成までの経験やJICAの取り組みを発信してきました。

−国際会議などでの発信についてはこちらでもまとめています。

署名後、握手をかわすヘンリー・ロティチ財務省長官と江口秀夫ケニア事務所長(当時)

【国レベルの支援を包括的に】ケニア 円借款で医療保障の拡大に貢献

2015年8月にJICAはケニアとの間で、UHCを目的としたアフリカ初の円借款貸付契約に調印しました。保健医療施設の利用が難しい地域での「自分の健康は自分で守る」ための仕組み作りから、ケニア政府がUHC達成を目指すための政策支援まで包括的に支援。2014年から実施している地方政府をターゲットとした技術協力プロジェクトとの相乗効果が期待されます。

署名式には日本およびタイの関係省の政府関係者らが多数出席

【グローバルに支援展開】日タイ・パートナーシップで各国への支援と学び合い促進

JICAは、タイとの間で「グローバルヘルスとユニバーサルヘルスカバレッジのためのパートナーシッププロジェクト」の技術協力実施を合意しました。ほぼすべての国民の医療保障制度加入を実現した同国とともに、UHC達成を目指すアジア、アフリカ各国への支援と学び合いを促進します。同時に、同国の高齢化に対応する持続的なUHC実現の取り組みに貢献します。

未来への希望を「母子手帳」に込めて

妊娠・出産で命を落とす年間28万人の妊婦や、5歳未満で亡くなる年間660万人の子どものうち99%が開発途上国の人々です。日本発祥の「母子手帳」は、妊産婦、子どもの健康改善に貢献する重要なツールとして国際社会から注目されています。JICAは母子保健分野の協力の一環として母子手帳の普及を推進しており、これまで協力してきた各国で、現在およそ年間800万冊を発行。その数は、日本で1年間に発行される数の約8倍にあたります。

母子手帳についての説明をするスタッフとJICA専門家 写真提供:今村健志朗/JICA

【パレスチナ 難民母子の手に渡った「生命(いのち)のパスポート」】

2008年、世界初のアラビア語版母子手帳がパレスチナで発行されました。JICAの技術プロジェクトのもと同国保健庁が中心となり進められた開発には、国連、NGOなども参画。移動制限などで同じ保健所に通えない場合でも別の保健所で診療等を受けることが可能であることから別名「生命(いのち)のパスポート」とも呼ばれています。

難民キャンプで手渡された母子手帳を手に取る母親たち 写真提供:今村健志朗/JICA

2015年9月、ウェブメディアやSNSを通じて、難民のかばんの中身を紹介した写真が話題になりました。赤ちゃん連れのお母さんのかばんに大切にしまわれていたのは、パレスチナで作られた母子手帳。「生命(いのち)のパスポート」としていかに大事なものであるかを痛切に思い知らされた発見でした。

世界の危機「感染症」拡大を防ぐために

2014年に始まった西アフリカ地域でのエボラ大流行は、公衆衛生対応が脆弱な地域から広がる脅威として世界に影響を及ぼしました。人と物の往来が盛んな現代。JICAは感染症によるインパクトを最小限にとどめるために、保健システムの強化を重点的に取り組みつつ、予防・早期発見・対応の各段階における能力の強化を支援しています。

【アフリカ地域全体でエボラ流行拡大防止に取り組む】

【画像】

水際対策として設置されたサーモグラフィーと空港の検査職員(コートジボワール「国家警察能力強化支援プロジェクト」)

JICAが集中的に実施したエボラ対策支援では、流行国や周辺国への疫学専門家等の派遣や緊急物資の供与、住民に対する啓発活動などを行ったほか、これまで技術協力を行ってきた各パートナー機関の緊急対応能力を強化しました。

エボラ流行時にデータ収集と情報発信を支えたバオさん

リベリア中からのデータ収集と医療機関やドナーへの日々の情報発信を担うなど、エボラ流行時にその最前線で活躍したリベリア保健省のバオさん。2016年1月に来日し、JICAが実施した保健衛生政策の向上について学ぶ研修に参加しました。その経験や学びを生かし、リベリアの保健システムを支えます。

スクリーニングを担当する医療従事者ら

【アフガニスタン結核対策への革新的支援に生きる日本の技術】

結核が主要な死因の一つとなっているアフガニスタンでJICAは結核対策を支援しています。難民キャンプでは、日本が開発した新しい結核迅速診断法を活用しています。

また、近年世界で問題になりつつある、抗結核薬の効かない薬剤耐性結核には特に力を入れており、今後、遺伝子レベルでの診断や薬剤耐性結核の治療薬導入支援など、日本の民間企業と連携した展開も計画されています。

【国際緊急援助隊感染症対策チームの設立】

JICAは、エボラ対策支援の経験を踏まえ、国際的な感染症流行に対してより効果的に対応するために、2015年10月、新たに国際緊急援助隊感染症対策チームを設立しました。感染症対策チームは、疫学、検査、診療、公衆衛生といった、感染症に関する幅広い分野での活動ができるチームとして構成されています。

医療協力の礎と保健システム構築にこの人あり

ケニアで青少年の保健リーダー育成活動中

【アフリカを中心に世界20ヵ国以上の保健システム構築へ貢献−杉下智彦JICA国際協力専門員】

女性が安心して出産できるクリニックのアフリカでの事業化など、現在も各国の保健課題に対して精力的に活動を続けている杉下専門員。タンザニア赴任時代に確立した保健行政官のリーダーシップを育成する研修プログラムは、アフリカ26ヵ国へと広がっています。

ナクール病院でケニア人看護師らと回診する柴田氏(中央)

【「風に立つライオン」のモデル、医療協力の礎を築いた専門家】

1966年、当時日本で唯一、熱帯医学の研究所を持ち、アフリカでのウイルス疾患や寄生虫疾患などの研究調査実績のある長崎大学の協力を得て、JICAはケニア西部リフトバレー州総合病院(ナクール病院)への支援を開始しました。そこに派遣された専門家の一人が、主人公のモデルとなった外科医柴田紘一郎氏です。

映画「風に立つライオン」のテーマは「希望のバトン」。柴田氏が着任した当時はケニア人医師が一人もいなかった小さな病院は、今や立派な総合病院となっており、JICAと長崎大学は現在まで50年近く協力を続けるなど、ナクールで始まった人々の命と健康を守る国際協力の「バトン」は、確実に受け継がれています。