ネパールの悲願「シンズリ道路」が土木学会賞を受賞——高低差1,300メートルを克服し、ネパールの経済発展に寄与

2016年6月17日

授賞式後の新開専門顧問(左)と佐々木部長(右)

1996年に日本の無償資金協力で着工した、総延長160キロメートルに及ぶネパールのシンズリ道路が全線開通してから約1年。土木技術と社会の発展に大きく寄与した画期的なプロジェクトに授与される、公益社団法人土木学会の「土木学会賞 技術賞」を受賞した。6月10日に行われた授賞式には、日本工営株式会社コンサルタント海外事業本部・新開弘毅専門顧問と佐々木隆宏JICA資金協力業務部部長が出席した。(注1)

ネパール政府が1960年代から計画していた道路建設だったが、技術的な難しさからいったんとん挫。ネパールはその後、山岳道路の建設で豊富な経験を持つ日本に支援を要請。着工から約20年かけて、昨年3月にようやく全線開通にこぎつける見通しとなった。その建設技術の確かさから、開通直後の4月25日に発生した大地震でも、道路への被害は最小限にとどまり、震災後の救助や救援物資の輸送などでも幹線道路として大きな役割を果たした。

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日本の技術を結集し山岳道路建設の難しさを克服

北は中国、南はインドに挟まれている

中国とインドに挟まれ、国土の約8割が山岳地帯の内陸国ネパール。陸路が周辺国との物流の生命線だが、首都カトマンズから南部のタライ平野地帯を通りインドにアクセスするには、西回りのルートしかなかった。

ネパール政府の道路建設計画とん挫から約20年、1984年にカトマンズの西を流れるトリスリ川で洪水が発生し、カトマンズ以西の道路が1ヵ月間遮断され、カトマンズ市内が陸の孤島となった。この被害経験から、道路建設の必要性を再認識したネパール政府は、カトマンズから東に抜けてタライ平野地帯に至るシンズリ道路の建設を、山岳道路の建設技術に優れた日本に依頼。JICAが建設に向けた調査を実施し最適ルートを選定、無償資金協力の調印を経て、1996年に着工にこぎつけた。

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シンズリ道路工区全体

1996年の着工時には第1工区から建設を始め、第4工区、山越え区間のある第2工区、最後に第3工区の順番で建設を進めた。建設開始当初は、既存の道路がないため、工事用資材はヘリコプターで輸送せざるを得なかった。また、不安定な政情のため一時的な工事の中断や、記録的な豪雨による斜面崩壊や土石流など、道路建設にはいくつもの困難があった。

全工区の建設を請け負った株式会社安藤・間の大石英輝氏(第3工区担当)は、次のように語る。

「シンズリ道路の建設に当たり、テント生活で道なき道を1週間かけて現地踏査した場所が、今では、車で5時間の幹線道路として立派に機能している。内戦と政治的動乱、そして王制廃止から共和制への移行が進む20年間に、延べ580万人の作業員、54人の施工業者職員、30人の設計・施工監理コンサルタントが、昼夜を問わず力を合わせて作り上げたもの。ネパールにとってだけではなく、われわれにとっても偉大な財産だと思う」

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道路建設地の高低差

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最難関区間だった第2工区

ネパール初の斜面対策に「ニンジャ集団」活躍

工事の最終には、何度も降雨災害に見舞われ、多くの地点で土砂崩れなどの被害が発生した。うち、特に被害が大きかった箇所では、日本が得意とする斜面対策技術の活用が不可欠と判断し、道路建設とは別に、第2工区の斜面対策を無償資金協力で実施することを決定。

ネパールで初めてとなる、斜面を法(のり)枠で固定する本格的な対策工事(注2)が施された。安全綱1本で体を支えながら斜面を自在に動き対策工事を進める職人集団の姿が「ニンジャ集団」と呼ばれるなど、その技術の高さが注目された。

この斜面対策工事を行った、地元企業SNS社のバタライ氏は、「初めはあのようながけ地でロープ1本で作業するなど思いもしなかったが、日本人指導員の丁寧な指導で少しずつ要領を体得した。ネパールには多くの急ながけがあり、今後もこの技術を生かした仕事をしてみたい」と話す。

JICAはまた、シンズリ道路の建設・区間開通と歩調を合わせながら、コミュニティーレベルでの紛争解決方法の確立を目指すプロジェクト、農業普及促進のためのプロジェクトなど、地域開発の促進につながるプロジェクトも実施。道路の開通で物流が大幅に改善したことを受けて、付加価値の高い農産品を生産するなど、農家の収入向上などにつながっている。

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法枠固定の対策が施された斜面

日本式で育んだ交流の基盤を生かし都市環境の改善も

「大きな壁にぶつかったこともあるが、日本側の関係者と友好的な関係を築けたことで乗り越えられた」と話すラナ氏

「シンズリ道路の開通は、沿道の地域経済の活性化に大きく寄与しているのみならず、建設時に導入された各種の斜面安定工・擁壁工技術も、道路建設によってもたらされた恩恵の一つ。国土の8割が山岳地帯のネパールでは、こうした工法は非常に重要で、今後の道路建設に生かしていくべき技術です」と語るのは、1996年の着工時から2011年に定年で公共事業計画省道路局を退官するまで、15年にわたりプロジェクトマネジャーとして携わってきたビンドゥ・シャムシェール・ラナ氏。

「シンズリ道路の建設ではまた、人とモノの流れが速くなり、経済活動の発展や教育・保健医療の改善にも大きな影響を与えている。シンズリ道路を主幹とした地域道路の延伸も進み、衛星タウンともいえる地域開発も始まっている。カトマンズ盆地への人口の一極集中を緩和し、都市環境の改善にもつながる可能性を感じている」とも話す。

完成記念碑

シンズリ道路は、その建設過程を通じて、工事対象地域に住む住民を積極的に雇用し、安全対策やチームワークを重んじるといった「日本式」の従業員教育を行ってきた。道路建設の目的は、ある地点とある地点をつなぐものではあるが、シンズリ道路の建設で築かれたのは、地域の人々が交流したり、就労や学んだりするための基盤でもある。

着工から20年にわたる支援の歴史は、紛争で分断されたネパールの人々の心をつなぎ、ネパールと日本のきずなをも深めた。JICAは、地震後の復興も含め、今後もネパールの発展を支援し続けていく。


(注1)受賞したのは、独立行政法人 国際協力機構、ネパール国 公共インフラ交通省 道路局、日本工営株式会社、間組・大成建設共同企業体、株式会社安藤・間
(注2)恒久的な斜面対策工事として、アンカー工や押え盛土工を実施。