シエラレオネでプロジェクト再始動!本格的なエボラ復興支援を——現場を奔走した大臣がリーダーシップ発揮

2016年6月20日

地方自治地域開発省大臣(左から2人目)との協議の様子

エボラ出血熱流行により中断を余儀なくされていた「シエラレオネカンビア県地域開発能力向上プロジェクト」が、2016年6月から2年間の予定で再開した。地方自治体と住民が協働した地域開発の仕組みと体制強化という中断前までのプロジェクト活動に新たな支援を取り入れる。「エボラ復興」だ。

エボラからの復興、不足する支援に救いの手を

県議会職員による住民へのヒアリング

1991年に政府と反政府勢力との間で勃発した内戦が2002年に停戦。その復興途上にあったシエラレオネで、本プロジェクトでは同国が推進する地方分権化を強化するため、2009年から5年間の予定で地域開発パイロット事業を実施。各現場には常に県職員らが出かけ、住民との話し合いを何度も繰り返しながら学校改修や地方道整備など、地域が必要とする幅広い分野への改善を試み、成功体験や反省を重ねてきた。そうして得られた知見や教訓を、地方自治体職員向けの「地域開発ハンドブック」にまとめ、全国普及を進めていた。

2014年初めから流行が始まった3ヵ国

しかし、同国だけでも3,900人以上もの死者を出したエボラ出血熱の流行により、2014年8月、本プロジェクトは中断を余儀なくされた。その後、エボラ封じ込めに国内外の関係者が尽力し、2015年11月7日、世界保健機関(WHO)は同国でのエボラ終息を宣言した。シエラレオネ政府は2015年4月からの「エボラ復興計画」で、教育、保健、社会福祉などの復興重点分野を掲げているが、国全体の経済・社会に与えた影響は計り知れず、その支援もまだ不足している。 

エボラ後のニーズ調査の集会

そこでJICAは本プロジェクト再開に「エボラ復興」を取り入れることを決め、昨年末から複数回、調査団を派遣し、現地で協議を続けてきた。今年1月から4月にかけて、専門家チームを派遣し、その影響や復興ニーズ調査を行った。

生活手段の再建、遺族や元患者へのケアも

現地は、流行時に掲げられた予防啓発の看板、現在は使われなくなった幹線道路に設置された検問所、患者収容施設が残っているものの、人々や町の様子は平常に戻った。破壊された建物や道路などのインフラの残骸が生々しかったかつての紛争後との違いを実感する。

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活気を取り戻した市場

住民や自治体関係者への聞き取り調査では、復興やエボラ予防のための道路、給水、教育、保健など幅広い社会インフラの整備や生計手段再建の支援など、多岐にわたるニーズが確認された。また、エボラ終息後という特有の状況下での対応として、エボラ孤児・寡婦や元患者などへの偏見対策も重要となる。

地方自治地域開発省大臣と共に照らす復興の道

 

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大臣室にてカイカイ大臣(中央)、副大臣(左)らと共に

プロジェクトのカウンターパート機関は、地方自治地域開発省と地方自治体である県議会。同省のカイカイ大臣は、2016年3月に就任したばかりだ。出身は、今回の流行で最初に患者が確認されたシエラレオネ東部州のカイラフン県。

大臣は、前職の東部州大臣時代に、エボラ対策にあたった経験を持つ。

「患者を救うため、そして新たな患者が出ないように、皆で必死に現場を走り回った。エボラ患者収容施設に出向いて、フェンス越しに患者の回復を願い、励ました」。

当時を大臣はそう振り返る。自ら現地を回り、流行の原因の一つになっていた遺体を洗う習慣を控えるよう働きかけるなどの啓発活動も行っていた。

かつてのエボラ患者収容施設

さらに、エボラから回復した人々が収容施設を出る際に、一人一人に証明書を渡し、大臣自身が公の面前で抱擁して見せたという。人々が持ちはじめていた偏見や差別意識を払しょくするためだった。臨場感あふれるエピソードは尽きない。

プロジェクト再開にあたり大臣は、「エボラ対策に奔走していたとき、住民との緊密な連携が必須であることを実感した。だからこそ、本プロジェクトが実践に基づいて築き上げてきた住民と自治体との協働体制や仕組み、プロジェクトが作成した「地域開発ハンドブック」を、自ら地方に出向き、全国に普及させたい」と、熱く語っている。

JICAは、中断まで共に活動したカウンターパートと協力して、今までの活動成果を土台とし、エボラ対策で現場を奔走したカイカイ大臣のリーダーシップの下、エボラにより大きな打撃を受けた地域の社会・経済の復興と開発に取り組んでいく。