ブラジルで開催のオリンピック、現地で見つめたJICAブラジル事務所より

2016年9月14日

8月21日に閉幕した、開発途上国ブラジルのリオデジャネイロで開催されたオリンピックには、多くの途上国の代表も参加した。その陰には、代表となった選手をさまざまな形で支えたJICA、JICAボランティアの力があった。開催地ブラジルのJICA事務所からの特別寄稿をご紹介する。

途上国の一員としてオリンピックに参加する日本人

スリムな江口監督(左)と、100キロ超級のスア選手(右)

青赤の見慣れぬジャージを着た日本人が選手村に現れた。

青年海外協力隊としてサモアで柔道の指導に当たる江口吹樹(ふぶき)隊員。サモアの柔道チーム監督で、青赤ジャージはサモア代表のものだ。

「今でも60キロ台の先生に投げ飛ばされます」

柔道男子100キロ超級に出場したデレク・スア選手は江口監督の技に舌を巻く。監督から力任せではない柔道を吸収中だ。

「着任当初は日本との違いに驚きましたが、今はとても気に入っています。彼らをサポートできるのはうれしい」と江口隊員。将来監督になる可能性が高いスア選手に、世界レベルの選手の立ち居振舞いや練習を見てほしいという。

陸上競技に出場した2選手と藤山さん(右)

別の日には、水色と黄色のジャージ姿の日本人に会った。ソロモンの元青年海外協力隊員で、同国オリンピック委員会役員を務める藤山直行さん。

ソロモン在住26年の藤山さんは1990年に体育を指導する隊員として海を渡った。その後、同国で仕事をしながら競技の普及と指導に尽力している。

今回、5,000メートルに男女2人の選手を派遣した。レース展望を聞くと「2周くらい離されるかも」。実際、予想通りの結果だったが、2人とも記録は「自己ベスト」、練習の成果を発揮した。

藤山さんは、「ソロモンでは、選手が経済的に自立して競技に打ち込むことはできません。でも、彼らの努力を国民が見聞きし、また、彼らが将来リーダーとして国の発展に寄与してくれることを願っています」という。

彼らは日本選手団のメンバーではない。しかし、日本人であり、途上国に暮らす人として、スポーツの普及、発展に挑み続けている。こんな日本人が、実は世界中にたくさんいる。

南スーダン、国にとって初めてのオリンピック

2020年の東京オリンピックに夢をつなぐトン事務局長

男子マラソンで健闘したグオル・マリアル選手(右)

開会式で緊張した面持ちのハッサン選手(左)、ケニ選手(左から2人目)

2011年、アフリカ大陸に誕生した世界で最も新しい国、南スーダン。

この国から3人の選手がリオへやってきた。彼らの大会参加をJICAが支援してきたことを多くの人は知らない。南スーダンオリンピック委員会のトン事務局長に話を聞いた。

初のオリンピック参加について聞くと、素直な喜びとともに「ここがスタート」という言葉が何度も聞かれた。

世界とのレベル差については、「女子200メートルに参加した選手の記録はトップの4秒遅れでした。でも、私たちの選手はまだ若く、これからさまざまな機会を得ていきます。これが2020年の東京へ向けてのスタート」。

国の状況は厳しく、国民がスポーツに親しめる環境はまだ整っていない。だが人々には才能がある。将来、施設やコーチなどの整備が進めば大きな成果を上げることができる、と常に前向きだ。

JICAはこの国のスポーツ振興に寄与してきた。初の全国スポーツ大会の開催、選手の海外派遣など、これからも支援が続く。

柔道や空手など日本に由来する競技の普及、発展に協力してほしいとの希望もある。JICAにとっても「ここがスタート」。

国民の結束と平和の構築を目的としたスポーツ分野への支援が、2020年に大きな成果をもたらすかもしれない。

途上国で行われた世界最大のスポーツイベント、オリンピック

205ヵ国・地域から1万人以上の選手が参加した国際的イベントが大きな混乱なく終了した。ブラジル政府もホッとしているに違いない。

経済協力開発機構(OECD)が発表する援助対象国のリスト「DACリスト」で高中所得国に位置付けられるこの国は、途上国をリードする立場にあるが、今回オリンピックをおおむね円滑に運営した実績は大きな自信となったはずだ。

2014年のサッカーW杯、そして今回の経験は、国内では不景気と政治混乱の一因となったが、大きな経験ももたらした。

また、ブラジル人や海外からの観客が総じて途上国の選手を応援していたことも印象に残った。

先進国の選手も人気がある。だが、中南米やアフリカの選手が良い成績を残すとより一層大きな拍手が起きた。7人制ラグビーでフィジーが初の王者になった夜、会場からの列車はフィジーコールに沸いていた。途上国の人たちが主役の大会になったのではないか。

加えて、ブラジル人の気取らないホスピタリティーは外国人から高い評価を得た。道に迷った人には誰かが声をかけ、言葉の分からない人にもジェスチャーでサポート。多民族国家ブラジルでは当たり前の風景も、海外から来た人たちにとっては新鮮に映ったにちがいない。

9月7日にはパラリンピックが始まった。もう少しリオの喧騒は続きそうだ。