ラオスのコミュニティから初等教育を改善し続けた12年半――元JICA専門家・チーフアドバイザー 岩品雅子さん

2016年12月26日

【画像】岩品雅子さん(元JICA専門家、現(株)アイコンズ)は、JICA「コミュニティ・イニシアティブによる初等教育改善プロジェクト(CIED)」を通じて、都市部と農村部の教育格差が深刻な問題となっていたラオスの初等教育の発展の礎を築いた立役者の一人。12年半もの長期にわたってラオスで暮らし、着実に歩みを進めてきた岩品さんにお話をうかがった。

現場のスタッフと同じ目線で――ラオスとの出会い

岩品雅子さん

キャリアの最初は、公益社団法人シャンティ国際ボランティア(SVA)のスタッフとして日本国内事務所で経験を積んだ後、2002年から4年半、ラオスで学校建設や教育改善事業に携わったこと。事務所で初めての「現地ナショナルスタッフと対等の立場の日本人」としての赴任、しかも初めての海外暮らしの岩品さんに、文字通り対等に接してくれたラオス人の同僚たちから文化や習慣を教わりながらの、生活がスタートしました。のちにこの経験がプロジェクトでの「つねに相手の立場に立つ」「しなやかで自然体」と評価されるスタンスに生かされることになる。

人と一緒に過ごす時間を大切にするラオスでは、食事中、さらに食後も延々とおしゃべりの時間が続く。「私もみんなと一緒におしゃべりして、笑いたい」という気持ちでラオス語を学習。仕事でも「原語で書かれた政策文書に、少しでも早く目を通したい」という思いで勉強を重ね、2年目からは支援の現場でも語学力を磨いた。

心を動かす細やかなコミュニケーション

学校の教室でラオスの土着信仰の儀式が急きょ行われ、研修のトレーナーたちと一緒に大歓迎を受ける

その後JICA専門家として参加したCIEDプロジェクト第一フェーズ(2007年〜2011)では、特に就学率が低かった南部にある90の小学校を対象に、村の住民を主体とした学校改善計画の立案・実施などを支援。

住民と実施したワークショップで作成した村の地図。学校に行っていない子どものいる家を視覚化した

身近にある素材で絵を描く(美術)授業について、ファシリテーター役を務める岩品さん(右)

当時の主な仕事は、就学率を上げ、中退者を減らすためには何をすればいいのかを住民と一緒に考え、村のメンバーによって構成される教育開発委員会がみずから改善計画を立案し、実施するまで寄り添うこと。

「ラオスの人は、自分たちの心が動かなければ、行動につながらない」と感じていた岩品さんは、村人たちが「本当に取り組みたいこと」を話し合いの場でじっくりと引き出し、住民自身が成果を上げ達成感を得られるように心がけた。現地の人々との生活を通じて身に着けた細やかなコミュニケーションとラオス語を武器に、丁寧な取り組みをコミュニティごとに積み重ねていった。

現場のリアリティを政策に生かす

校舎の立地、教室の設備の状況もさまざま。それぞれの村のコミュニティが工夫しながら教育環境の改善に取り組む

2012年〜2016年の第二フェーズでは、コミュニティの人々自身による学校改善計画の策定とその実施をラオス政府教育・スポーツ省(MOES)、県・郡教育局がマネジメントできるよう、能力強化を支援。より広い地域をカバーすることを重視する他ドナーと比べて、「住民と村、郡、県、そして教育省まで」顔の見える信頼関係をつなぐ日本の開発援助のアプローチを、年月をかけて形にできた背景には、一人ひとりの住民から行政官まで、相手によって硬軟を使いわけながら活躍する岩品さんの姿があった。

2016年9月7日、ASEAN首脳会議を議長国として開催したラオスにて。安倍首相との会談の場で、ブンニャン・ラオス国家主席は、青年海外協力隊をはじめ、ラオス語に堪能な人材と、ラオス人の生活に密着して活動する日本の支援を高く評価した。時を同じくして、岩品さんがラオスで育てあげたCIEDプロジェクトの成果も、そのアプローチ方法が評価され、MOESと各国際協力機関の支援に引き継がれてラオス全国へと拡大していくことが決まった。

プロジェクト終了時に訪問した学校の子どもたちが「サバイディー(ラオス語で「こんにちは」)」と迎えてくれた

国際協力、特に教育分野に携わりたいという夢を貫き、ラオスに大きな足跡を残した岩品さんは、12年半に及ぶラオスでの活動に区切りをつけて、2016年11月からはコンサルタントとしてインドネシアで学校運営・教育行政改善のプロジェクトの事後評価を担当。これからも世界中で現場の声に耳を傾け、人を育てる仕組み作りの専門家として、地球規模の課題解決に取り組んでゆく。